Dirac方程式の非相対論極限近似(2)
Dirac方程式の非相対論極限近似の続きです。
前記事では,外電磁場,Φ,Aとの相互作用がある場合の電荷eを
持つ電子の一般的Hamiltomian:
H=α(p-eA)+βm+eΦ=Θ+βm+ε
から,正負エネルギー成分を混合するoddなパラメ-タを
除いて非相対論極限で正エネルギーの2成分スピノルのみ
が満たす波動方程式を導くことを意図したユニタリ変換
の演算子:UF=exp(iS)を与えるHermite演算子Sを見出す
ことを試みました。
電磁場が時間tに依存し,それ故,系のHamiltonian:Hが時間
1/m)<<1の非相対論的極限で(1/m)の低次まででは,
S=-iβΘ/(2m)が,Hから oddパラメ-タを除く(1/m)オーダー
のSの候補であるというところまで述べました。
すなわち,まず.H=βm+Θ+εから,Sの1次近似として,
変換:exp(iS)Hexp(-iS)にexp(iS)~1+iS,
exp(-iS)~1-iSを代入した
H'=(1+iS)(βm+Θ+ε)(1-iS)において,
O[1/m]の項を無視して,H'=βm+Θ+ε+im[S,β]
とし,これの右辺でodd項:Θ=α(p-eA)が消えることを
要求してim[S,β] = -Θなるっ条件から,
S=-iβΘ/(2m)を得たのでした。
そこで,この近似では,S=-iβΘ/(2m)で,
H'=(1+iS)(βm+Θ+ε)(1-iS)=βm+ε
です。
一方,S=O(1/m)と仮定して(1/m)の3次の精度までの
近似は,H'= exp(iS){H-i(∂/∂t)}exp(-iS)
~H+i[S,H]+(i2/2)[S,[S,H]]+(i3/6)[S,[S.[S,H]]]
+(i4/24)[S,[S,[S.[S,βm]]]]-Sd-(i/2)[S,Sd]
+(1/6)[S,[S,Sd]] (ただし,Sd=∂S/∂t)
と書けることを見ました。
この近似の項に,S=-iβΘ/(2m)を代入すれば,
H=βm+Θ+εより
i[S,H]=-Θ+β[Θ,ε]/(2m)+βΘ2/m,
(i2/2)[S,[S,H]]=-βΘ2/(2m)-[Θ,[Θ,ε]]/(8m2)
-Θ3/(2m2),
(i3/6)[S,[S,[S,H]]]=Θ3/(6m2)-βΘ4/(6m3)
-β[Θ,[Θ,[Θ,ε]]/(48m3),
(1/24)[S,[S,[S.[S,βm]]]]=βΘ4/(24m3)+Θ5/(24m4)
また,-Sd=iβΘd/(2m),
-(i/2)[S,Sd]=-i[Θ.Θd]/(8m2)
+(1/6)[S,[S,Sd]]=-iβ[Θ,[Θ,Θd]]/(48m3)
です。
ユニタリ変換後のHamiltonianを非相対論的に展開して,
(運動エネルギー/m)3と(運動エネルギー)×(場のエネルギー)/m2
のオーダーまででoddパラメータの除去が満足されるようなS
を求めるというのが意図でしたから,
(i3/6)[S,[S,[S,H]]]=Θ3/(6m2)-βΘ4/(6m3)
-β[Θ,[Θ,[Θ,ε]]/(48m3)
~ Θ3/(6m2)-βΘ4/(6m3) として最後の項は無視し,
また,(1/24)[S,[S,[S.[S,βm]]]]
=βΘ4/(24m3)+Θ5/(24m4) ~ βΘ4/(24m3)
とします。
まさらに,(1/6)[S,[S,Sd]]=-iβ[Θ,[Θ,Θd]]/(48m3)
も,(1/m)のより高次の微小量なので無視します。
すると,H'=β{m+Θ2/(2m)―Θ4/(8m3)}+ε
-[Θ,[Θ,ε]]/(8m2)
-i[Θ.Θd]/(8m2)+β[Θ,ε]/(2m)-Θ3/(3m2)
+iβΘd/(2m) =βm+ε'+Θ'
ただし,ε'=ε+β{Θ2/(2m)―Θ4/(8m3)}-[Θ,[Θ,ε]]/(8m2)
-i[Θ.Θd]/(8m2)です。
これはΘについては偶数乗のみを含むためevenな寄与です。
一方,得られたHamiltonianにおいてodd項は,Θの奇数乗のみ
ですが,これは,変換の結果:(1/m)のオーダーでしか存在しない
ようになりました。
これらを,さらに除去し減じるために,
S'= -iβΘ'/(2m)
=-iβ{β[Θ,ε]/(2m)-Θ3/(3m2)+iβΘd/(2m)}/(2m)
なる変換をさらに行います。
Θ'=β[Θ,ε]/(2m)-Θ3/(3m2)+iβΘd/(2m)}は
H'のΘ自身以外のΘの奇数乗の部分の総和です。
こうした変換をのFoldy-Wouthuysen変換と呼びますが,この変換
の下で,H"=exp(iS'){H(-i(∂/∂t}}exp(-iS')
=βm+ε'+β[Θ,ε']/(2m)+iβΘ'd/(2m)
=βm+ε'+Θ" となります。
このH"の場合, Odd部分:Θ"=β[Θ,ε']/(2m)+iβΘ'd/(2m)
は,O(1/m2)とさらに小さくなっています。
さらにS"=-iβΘ"による正準変換を行うことで,
H(3)=exp(iS"){H”-i(∂/∂t}}exp(-iS")
=β{m+Θ2/(2m)―Θ4/(8m3)}+ε-[Θ,[Θ,ε]]/(8m2)
-i[Θ.Θd]/(8m2) が得られました。
このとき,Θ2/(2m)={α(p-eA)}2/(2m)
=(p-eA)2/(2m)-eσB/(2m)となって,この項から
Pauliのスピン磁気モ^-メント項:-eσB/(2m)が出現
します。
非相対論極限で,こうそた項が得られることは,既に別の
過去記事で述べました。
(※ 10年前の2006年9/8の本ギログの過去記事:
「パウリのスピンと相対性理論」を参照ください。)
※(注2-1):念のため,簡単に復習すると
まず,Π=p-eA=-i∇-eA とおくとき,
(αΠ)2=Σi,jαiΠiαjΠj=Π2+iσ(Π×Π)であり,
そして,Π×Π=(-i∇-eA)×(-i∇-eA)=ie∇×A
=ieBによって,(αΠ)2=Π2-eσB
が得られるという話でした 。(注2-1終わり)※
一方, [Θ,[Θ,ε]]+Θd}/(8m2)
={e/(8m2)}{-iα∇Φ-iαAd}
={ie/(8m2)}αEです。
{ie/(8m2)}[Θ, αE]={ie/(8m2)}[αp,αE]
={e/(8m2)}∇E+{ie/(8m2)}σ(∇×E)
+{e/(4m2)}σ(E×p)ですから,
結局,このオーダーまででの変換Hamiltonianは,
H(3)=β{m+(p-eA)2/(2m)-p4/(8m2)}
+eΦ-{eβ(2m)}σB-{ie/(8m2)}σ(∇×E)
-{e/(4m2)}σ(E×p)-{e/(8m2)}∇E
となります。
これらは,{(p-eA)2+m2}1/2の非相対論極限での
,直接,物理的解釈が可能な,求めるオーダーまでの展開
を示しています。
つまり,補正は相対論的な質量(運動エネルギー)の増加
に相当する意味を持っているわけです。
このうち,-{ie/(8m2)}σ(∇×E)-{e/(4m2)}σ(E×p)
は静電エネルギー,と磁気双極子エネルギーです。
この項のペアは一緒にまとめて,スピン軌道エネルギーです。
つまり,iσ(∇×E)+2σ(E×p)=iσ(∇×E-E×∇)
ですから,例えば,球対称静電ポテンシャル:V(r);r=|x|
なら,E=-∇V=-(x/r)(dV/dr)で∇×E=0
です。
このとき, iσ(∇×E)+2σ(E×p)=2σ(E×p)で,
σ(E×p)=-(1/r)(dV/dr)σ(r×p)
=-(1/r)(dV/dr)σLと書けます。
L=r×pは,軌道角運動量です。
-{ie/(8m2)}σ(∇×E)-{e/(4m2)}σ(E×p)
={e/(4m2)}(1/r)(dV/dr)σL=Hspin-orbit
=(スピン軌道相互作用エネルギー)です。
これは特殊相対論により,運動する電子が感じる磁場:
B=-v×Eとスピン;s=σ/2の電子の磁気モーメント:
μ=ges/(2m) (gは磁気回転比)による磁気エネルギー:
μB=-geσ/(4m2)(p×E) (g=2) を意味します。
しかし,-{e/(4m2)}σ(E×p)ではThpmas歳差運動の効果
で因子g=2が無くなっています。
このことは電子の軌道モーメントの方は標準的磁気回転比:
g=g0=1を持つことを示唆しています。
最後の項:-{e/(8m2)}∇EはDarwin項として知られています。
これはZitterbewegung(ジグザグ運動)に寄与する項です。
電子の位置座標のゆらぎがδr~(1/m)(=Compton波長)
程度で,このためCoulombポテンシャル:V=V(r)=V(x)が
いくらか不鮮明に見えます。
この補正は,<δV>=<V(x+δx>-<V(x)>
=<δx∇V+(1/2)Σijδxiδxj(∂2V/∂xi∂xj)>
ですが,<δx∇V> ~ 0 より, 静電ポテmシャルエネルギー
としての補正(ぼやけ)は,
<eδV> ~ (e/6)<(δr)2>∇2V=-(e/6m2)∇Eであり,
これは係数は少し違いますが,,この電子の雲によるCoulomb
エネルギーのゆらぎ<eδV>が,上記のDarwin項::
-{e/(8m2)}∇Eの物理的意味をなす。とわかります、
さて,次は,§4.4水素原子(Hydrgen Atom)であり,第4章
はこれで終わりとなっているのですが,
この最後の節の内容については,既に本ブログの2011年
7/17,7/26,8/1,8/11の過去記事:
「水素様」原子の微細構造」(1),(2),(3)(4),および,
2011年8/22,9/2,10/4,11/1.11/11,11/23の「
水素様」原子の微細構造」(補遺1),(補遺2),(補遺3-1),
(補遺3-2),(補遺4),(補遺5-1),(補遺5-2)
に詳述しています。
そこで,Dirac方程式の非相対論極限=参考テキスト
の第4章「Foldy-Wouthuysen変換」のトピックについて
は,これで終わります。
(参考文献):J.D.Bjorken & S.D.Drell
”Relativistic QantumMechanics”(McGrawHill
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