摂動論のアノマリー(第Ⅱ部)(コーヒー・ブレイク)
最初は,これまでと同じく自分のノートからの回顧録のような
ものを惰性的にダラダラと書くつもりで「摂動論のアノマリー」
の続き原稿を書こうと思ったのですが,つい,ここらで場理論や
くりこみ理論との関連や,本論の要約を兼ねて,少し駄文を
述べたくなりました。
※ 最初,本記事の副題を(閑話休題)にしようと思いましたが,
閑話が余談や無駄話を指し,休題がそれを止めるという意味で
あるとすると,これは余談をやめて本題に戻る,という意味に
なり,これから余談を始めようと考えているときに使うのは
逆かな?と思い,(コーヒー・ブレイク(coffee-break))と
しました。。※
では,さらに閑話休題。。
本ブログ過去記事「弱い相互作用の旧理論(Fermi理論)」では,
自由中性子nのβ崩壊:n→p+e-+ν~はカレント・カレント
相互作用:Hint=(G/√2)Jμ+Jμによる旧い扱いでした。
そして,Jμの軽粒子(レプトン;lepton)部分のV-Aカレント
(vector-axialvector current)である[e~γμ(1-γ5)ν]と,
Jμ+のハドロン部分のn-pのV-Aカレント:
[p~γμ(1-αAγ5)n]の対,
あるいは,これらを構成する4粒子が1頂点に局所的に集中
して(G/√2)という定数因子の効果を受ける,という局所
相互作用の仮定に基づく理論構成でした。
これに対して,n-pカレントとe-νカレントの間に質量
がμWのゲ-ジBoson:W が交換されるとするなら.上記の
頂点では単なる定数因子の寄与は,1/(q2-μW2+iε)
という伝播関数の形の因子の寄与に置き換わります。
しかし,この中性子のβ崩壊程度の現象では,相互作用が弱い
ため.通常のエネルギーレベルでの実験結果との比較は,
最低次近似の予測計算値との比較で十分なので,その範囲
では,どちらも実験との一致度という意味では大差ないの
ですが,
q → 大の高エネルギーでは.一方の定数は全く減衰しない
のに対して,Wを交換する相互作用では,少なくとも1/q2の
オーダーで減衰するため,紫外発散を避けて,くり込み可能
となり,QEDと同様な形での弱い相互作用の理論計算ができる
ようになります。
(※現時点では図にあるように可能性ではなく実際にWが発見
されています。)
そして,中性子のようなFermion崩壊ではなく荷電π中間子
π-の崩壊については,「弱い相互作用の旧理論(12),(13)
(Fermi理論)」で書いたように,
主要な反応はπ- → μ-+νμ~で,次反応はπ- → e-+νe~
ですが,これについてはハドロンカレント部分をn-pカレント
の代わりに中間子場の時空微分,or運動量に置き換え,aという
比率を掛けるという現象論的扱いを採用しました。
(※ n-pカレントがV-Aカレントであるのに対してπは
擬スカラー粒子なので(a∂μπ)は,Aのみ(axial-vector
=軸性ベクトルのみ)です。)
π- → μ-+νμ~と,π- → e-+νe~の崩壊率の分岐比
は, 理論的計算でも,R(π-→e-+νe~/π-→μ-+νμ~)
=(me/mμ)2{(μ2-me2)/(μ2-mμ2)}2
~ 2.31488×10-5×5.49 ~ 1.27×10-4なる値が得られ
これは実験値ともよく一致してπ-崩壊のほとんどの反応
は,π- → μ-+νμ~であることがわかっています。
そして,π- → μ-+νμ~ とπ- → e-+νe~の崩壊率:
ωは,τを平均寿命として
ω=1/τ={G2|a|2/(8π)}μ3(m/μ)2(1-m2/μ2)2
で与えられることを見ました。
この式は,m=mμを代入すれば,π-→μ-+νμ~の崩壊率:
ωμ=1/τμを,m=mμを代入すれば π-→e-+νe~の
崩壊率:ωe=1/τeを与えます。
そこで,ほとんど全ての反応であるπ-→μ-+νμ~の
崩壊率:ωμの予測値は.
ωμ=1/τμ={G2|a|2/(8π)}μ3(mμ/μ)2(1-mμ2/μ2)2
です。
一方,観測されているπ-の寿命は,
τ=(2.55±0.03)×10-8sec です。
それ故,ωμの予測式を.この観測値の
ω=1/τ~ 1/{(2.55±0.03)×10-8sec}に等置することから
|a|の値を決めることができます。
この計算を実行した結果,|a|~ 0.93μと評価されました。
これが先の過去記事の主要な内容でした。
上記のように,荷電π中間子:π±の寿命は,~ 10-8秒で
あるのに対して,前記事で見たように,中性π中間子:π0
の寿命は,~ 10-17秒と極めて短いようです。
これは,荷電πの崩壊が弱いβ崩壊相互作用であるのに対して,
π0の主要な崩壊:π0→ 2γは中間状態に強い相互作用プロセス
を挟んでいても,比較的強い電磁相互作用によるためでしょう。
電荷を持ったπ-の崩壊が弱い相互作用により,電荷を持たない
中性のπ0の崩壊が電磁相互作用によるというのは皮肉な話では
あります。
PCACの項で,π-→ μ-ν~ の崩壊振幅において,
<μ-ν~|π-> ~ <μ-ν~|NN~><NN~|π->
なる核子Nの中間状態を仮定しました。
同じように,π0→ 2γの崩壊振幅を,
<2γ|π0> ~ <μν~|NN~><NN~|π0>とすれば,
この崩壊反応は次のように図示されます。
これは,中間内線のNを実際の核子と仮定した図ですが,Nを
(p,n)=(u,d)クォークで置き換えると,最近のQCD理論に
準ずる図になるでしょう。
そのうちでも,特に,π0→ 2γ崩壊に効くのは三角グラフの
寄与であり,それもアノマリー項以外の寄与は無視できる,
というものですから,
約40年前の学生時代に初めてこの理論に接した頃は,
「アノマリーというのは正に異常項であって,何らかの方法
で克服され削除されるべきもの」と先入観で捉えていたため.
現実の粒子の崩壊現象の説明に不可欠なものであると認識
したときには不思議なことと驚いた記憶があります。
さて,パリテイがマイナスの擬スカラー粒子である
π中間子は,元々自発的対称性の破れのために出現する
はずの「南部-Goldstone粒子」の1つとされています
から,その時点では質量はゼロです。
しかし,中性πの場合,質量を無視してゼロとすれば,崩壊率
はゼロ(Fπ(0)=0 より)であり,アノマリーがないなら崩壊
禁止なので,π0は完全に安定な粒子ということになり,これは
実験事実に反します。
自発的対称性の破れの後,さらに残る対称性として質量ゼロ
では成立していたカイラル対称性が破れて,μ~ 135MeV程度
の質量を獲得した後にも,破れが小さくてFπ(μ2/2)を
Fπ(0)で近似し,PCACの「低エネルギー定理」が適用
できて,アノマリーこそがπ0 → 2γの崩壊率への寄与に結び
付くのである,という結論は,ここまで展開してきた場の理論
やくり込み理論等の方法論としての正しさを示す証拠かも
しれません。
さて.p,nクォークによるπ0=(pp~-nn~)/√2なる
表現に対して,アノマリ-の重みSはカラー自由度の3を
掛けて,S=(1/2){(2/3)2-(1//3)2}×3=1/2であることを
見ました。
荷電π中間子では,π-=np~であり,対応する軸性ベクトル
カレントは,j5-μ=(j5 1μ+ij5 2μ)/√2
=(1/√2)n~γμγ5p+√2(σ∂μπ--π-∂μσ)
+√2g0-1∂μπ0 でしたが,そもそも.π-崩壊では2光子放出
という電磁頂点を含む三角グラフの介在は.最低次では不可能
なので,π-崩壊にはアノマリーは無関係です。
しかし,π0でなくても中性中間子なら三角グラフが寄与する
ことが可能なはず「です。
例えば,η0中間子は,η0=(pp~+nn~―2λλ^)/√6と
表わされ,π0=(pp~-nn~)/√2のアナロジーで,Sは
S=(1/6){(2/3)2+(-l/3)2-2(-l/3)2}×3=1/6となります。
観測によると,質量はμη0 ~ 548MeV,μπ0~ 135MeVであり,
計算評価すると
ωη=1/τη ~7.6eV×(μη/μπ)3×(1/3)~
170eV です 。
しかし,これは,η0崩壊の実験値(Primakoff効果)
~324 MeVの約1/2倍ですから一致すると見るかどうかは
微妙です。
(※ここの計算は「ゲージ場の量子論(Ⅱ)」(九後汰一郎著)
を参照して,ほぼ丸写ししました。)
(※私見では,上記考察では重みSはSfiへの寄与であり,
崩壊率ωは|Sfi|2に比例するため,崩壊率への重みはSで
なくS2で効くので,(1/3)じゃなく(1/9)を掛けるべきで,
結果,ωη=1/τη ~57MeVとなって上記の170MeVより,さら
に実験値の320 MeVからの差が大きくなるようです??。)
「ゲージ場の量子論(Ⅱ)」によれば,アノマリーというのは
系のLagrangianに,γ5を含むカイラルな項がある場合,
謂わゆるBRS対称性が成立せず,次元正則化や経路積分量子化
によっても.ゲージ不変,かつ,くり込み可能な処方が不可能
であることの反映であり,
対応原理で見られるような古典方程式から逆に量子論の波動
方程式を導く正準量子化からの帰結であるWard恒等式のような
ものでも,紫外発散を伴なうような量子論的扱いでは正則化に
おいて破れが生じる現象を意味するようです。
ここで終わります。
(参考文献):
1.lectures on Elementary Particles and Quantum
Field Theory(1970 Brandeis University SummerInstitute
in Theoretical Physics) VolumeⅠ
2. 九後汰一郎 著「ゲージ場の量子論(Ⅱ)」(培風館)
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