ゲージ場の量子論(31)
「ゲージ場の量子論(30)」からの続きです。
物理的S行列のユニタリ性の論議に入ります。
§5.9 物理的S行列のユニタリ性
(BRS代数と4重項機構)
本節ではBRS代数の表現という立場から,あらゆる
可能な漸近場を分類し,摂動論に依らない形で物理的
S行列のユニタリ性の証明を完結します。
※BRS代数の表現
前回最後では形式的摂動論に現われる漸近場のモードを
分析しましたが,そもそも漸近場が保存電荷:Qの下で線形
に変換することは,「漸近場の1粒子状態は保存電荷:Qの
なす代数の表現になる、」ことを意味することに気付きます。
すなわち,どういう漸近場が現われ得るか.という問題は摂動論
を超えて,単に種々の保存電荷:Qのなす代数を考えるだけで
多くが規定されます。
したがって,BRS変換の下で,どのような変換を受ける漸近場
が可能か?は,BRS電荷:QBとFPゴースト電荷:Qcのなす代数:
(1/2)|QB,QB}=QB2=0,[iQc.QB]=QB.[Qc.Qc]=0
によって決定されます。
この代数をBRS代数と呼びます。
QB,Qcは,共にエネルギー・運動量:Pμ,角運動量:Mμν,スカラー
電荷;Qaなどの他の保存電荷と可換なので,漸近場の粒子状態は,
それらの保存量子数が同時に指定されたBRS代数の既約表現
として分類できます。
BRS代数の既約表現は,QBのベキ零性:QB2=0 のため.極めて
簡単で高々2次元表現です。
※(注31-1):この2次元表現という言い方は私には適切ではない
と感じます。QBをLie代数とするLie群:exp(iλQB)に対して
QB|αi>=0 なる{|αi>}で張られる不変部分空間:E1とその
補空間:E2とを,それぞれ1次元空間と考えるなら, exp(iλQB)
の表現行列は2×2行列で,確かに2次元ですが。。。
(注31-1終わり※)
したがって,既約表現としての分類は1重項か,2重項です。
ⅰ)BRS 1重項(singlet)
漸近場の1粒子状態を,そのFPゴースt数;NFP=iQcを
N,他のエネルギー・運動量,スピンなどの量子数を総称した
ものをkとして,|k,N>と記すことにします。
このとき,状態:|k,N>がQB|k,N>=0を満たし,かつ
|k,N>=QB|χ>と×ような|χ>が存在しない場合,
この|k,N>をBRS 1重項と呼びます。
ⅱ)BRS 2重項(doublet) 1粒子状態:|k,N>が
QB|k,N>=0 を満たさなかったら,[iQc.QB]=QB
より,iQcQB|k,N>=(N+1)QB|k,N>なので,
QB|k,N>≠0 は,ゴースト数が(N+1)の状態で,
|k,N+1>=QB|k,N>≠0 と書けます。
そして, |k,N>,|k,N+1>がBRS代数の2重項
の基底を与えます。
QB|k,N+1>=QB2|k,N>=0なので,変換:QBは
これ以上の状態は生み出しません。
BRS変換系列は,|k,N> → |k,N+1> → 0 です。
一般に2重項の中の|k,N>をBRS親(parent)状態,
|k,N+1>をBRS子供(daughter)状態と呼ぶことに
します。BRS子供状態はQBのベキ零性から,もはや
BRS変換を受けません。QB|k,N+1>=0 です。
BRS2重項があれば,必ず,もう1組,その相棒となる
BRS2重項が存在することが次のように示されます。
まず,BRS子供状態は零ノルムです。何故なら
<k,N+1|k,N+1>=<k,N|QB2|k,N>=0です。
そこで,子供状態:|k,N+1>には, 必ず,
ある相棒状態:|k,-(N+1)>が存在して,内積として,
<k,-(N+1)|k,N+1>≠0 が満たされねばなりません。
何故なら,|k,N+1>との内積がゼロでない状態が全く存在
しないなら,そもそも,|k,N+1>は如何なるGreen関数にも
極を作り得ず,その存在すら認識されないはずだからです。
そこで,少なくとも1つは<χ|k,N+1>≠0となる|χ>
が存在します。
この|χ>は,PμのようなHermite保存量については,
|k,N+1>と同じ量子数kを,反HermiteなFPゴースト数:
NFPについては,|k,N+1>と逆符号の-(N+1)を運ぶ状態
でなければなりません。
※(注31-2):|χ>=|k',N'> と書き,
Pμ|k',N’>=pμ'|k’,N’>,
NFP|k',N'>=iQc|k',N'>
=N'|k',N'> とします。
すると,
<k',N'|Pμ|k,N+1>=pμ<k',N'|k,N+1>
=pμ'<k',N'|k,N+1>で<k',N'|k,N+1>≠0
ですから,pμ'=pμ を得ます。
その他のHermite(実)量子数についても同様ですから,k'=kです。
一方,iQc|k',N'>=N'|k',N'>より,
<k',N'|iQc=<k',N'|(-N') です。
それ故,<k',N'|iQc|k,N+1>=(N+1)<k',N'|k,N+1>
=(-N')<k',N'|k,N+1> です。
故に,<k',N'|k,N+1>≠0より,N'=-(N+1)を得ます。
|χ>=|k,-(N+1)> です。(注31-2終わり※)
規格化をして<k,-(N+1)|k,N+1>=1と固定して
おきます。
ここで重要な点は,|k,-(N+1)>が,別のBRS2重項
の親状態になっていることです。
何故なら,|k,-(N+1)>をBRS変換した状態:
|k,-N>=QB||k,-(N+1)>がゼロでないことが
次のWT恒等式からわかるからです。
すなわち,
<k,,N|k,-N>=<k,,N|QB|k,-(N+1)>
=<k,N+1|k,-(N+1)>=1 です。
かくして,BRS2重項は,常に2組対になって現われること
がわかりました。
BRS変換系列は,|k,N> → |k,N+1> → 0 ,
および,|k,-(N+1)> → |k,-N> → 0 であり,
ゼロでない内積の対は,|k,N>(親)と|k,-N>(子供),
|k,N+1>(子供)と|k,-(N+1)>(親)です。
このような内積で対をなす2組のBRS2重項表現はBRS代数
の表現として基本的なもので,2組をまとめてBRS4重項(quartet)
と呼びます。
以上から,BRSの表現は,(ⅰ)で定めたBRS1重項と,上のBRS
4重項=「BRS2重項の対」しかないことが示されました。
これは,摂動論に依らない議論であり,非可換ゲージ理論に現われる
漸近場は,それが「素粒子」の場であろうが,結合状態(束縛状態,
または共鳴状態)の場であろうが,何であっても,この表現のどちらか
に対応します。
前節最後に述べた摂動論に現われる漸近場を見てとると,確かに,
BRS変換系列から,ゲージ場の縦波,スカラー波,FPゴースト,
反ゴーストの4つのモードがBRS4重項表現に, ゲージ場の横波
モードとDirac粒子,反粒子がBRS1重項表現に,それぞれ属して
いることがわかります。
次に漸近場の計量構造について考えます。
まず,BRS1重項モードに関しては,そのBRS不変性は,その計量
については何の意味も呈しません。
しかも,そのBRS1重項状態:|k,N>1重項を作る生成演算子
をak+として|k,N>1重項=ak+|0>とすれば,[QB,ak+]
={QB,ak}=0 (Fermi粒子なら,{QB,ak+}={QB,ak}=0)
が従うため,このモードは真空に何個掛かっても,QB|Phys>=0
で指定される物理的部分空間:Vphysにのみ自由に出現する状態
です。
したがって,理論が物理的に無矛盾であるためには,これらの
「BRS1重項モード状態は全て正定値計量を持つ」必要が
あります。
[ak,al+]=δkl,または,{ak,al+}=δkl です。
(※上では,k,lが離散量子数として離散表記しましたが,連続な3次元
ベクトルの場合なら[a(k),a+(l)]=δ3(k-l),または,
{a(k),a+(l)}=δ3(k-l) です。)
全く一般的な議論を展開している際には,これは仮定,あるいは,
規定,要請です。
しかし,ここまで論じてきた非可換ゲージ理論
の形式的摂動論の場合は,BRS1重項モードの横波モード,
Dirac粒子,反粒子は全て,確かに正定値計量を持っていました。
「BRS1重項モードが正定値計量である。」という仮定(要請)
は,特にBRS1重項の1粒子状態:|k,N>1重項はFPゴースト
数:NFP=Nがゼロの状態しかないという仮定を含んでいることに
気付きます。
つまり,もしN≠0のBRS1重項状態:|k,N>があったとすると,
<k,N|k,N>=0 です。
(※何故なら,<k,N|iQc|k,N>=N<k,N|k,N>
=(-N)<k,N|k,N>なので,N≠0 なら<k,N|k,N>=0
です。)
よって,先のBRS2重項状態と同様,N≠0なら相棒状態:
|k,-N>が存在して<k,-N|k,N>=1ですが,|k,-N>が
2重項なら|k,N>も2重項になるため,これも1重項です。
|k,N>=σk+|0>,|k,-N>=σ~k+|0>でσk,σ~kを
定義すれば,[QB,σk]=[QB.σk+]=[QB,σ~k]=[QB.σ~k+]=0,
[σk,σ~l+]=[σ~k,σl+]=δklですが,このような
反対角交換関係はFPゴースト,反ゴーストの場合同様,
必ず,負計量の状態を含むことになります。
例えば,|1>=(σk+-σ~k+)|0>,|2>=σk+σ~k+|0>などは
負ノルム状態です。
したがって,「BRS1重項モードが正定値計量である。」という仮定
は,「BRS1重項状態にはFPゴースト数:NFP=Nがゼロの状態
しかない。」ということを含んでいます。
※BRS4重項状態の計量構造
BRS4重項に属する粒子の計量構造は全く一般的にBRS不変性
だけから完全に決定されます。
BRS4重項の各1粒子状態の生成・消滅演算子を,
|k.N>=χk+|0>.-|k.-N>=βk+|0>.
i|k.N+1>=γk+|0>.-|k.-(N+1)>=γ~k+|0>,
および,,そのHermte共役で導入します。
BRS4重項に属する2つのBRS親状態: |k,N>,
|k,-(N+1)>のうち,どちらかは偶数のFPゴースト数
を持つので,以下,一般性を失うことなくNを偶数
とします。
FPゴーストは(Bose統計に従う)Fermi粒子なので,
χk.βkのモードがBoson,γk.γ~kのモードはFermion
です。(※もしもBRS4重項がDirac粒子など純正Fermi
粒子奇数個の結合状態なら統計が逆になりますが,その場合
はNを奇数にして常にχk.βkのモードがBosonとなる
ようにします。)
BRS変換性,|k,N> → |k,N+1> → 0 ,
および,|k,-(N+1)> → |k,-N> → 0 から,
[QB,χk+]=-iγk+,{QB,γk+}=0,
[QB,χk]=-iγk,{QB,γk}=0,
{QB,γ~k+}=βk+,[QB,βk+]=0,
{QB,γ~k}=βk,[QB,βk]=0, です。
さらに内積のWT恒等式:1=<k,N+1|k,-(N+1)>
=<k,N|QB|k,-(N+1)>=<k,N|k,-N>1から,
[χk,βl+]=-i{γk,γ~l+}=δklです。
FPゴースト数が互いに逆符号の状態間以外は,内積がゼロ
のため,次の交換関係,反交換関係はゼロです。
すなわち,
[χk,γl+]=[χk,γ~l+]=[βk,γl+]=[βk,γ~l+]=0,
{γk,γl+}={γ~k,γ~l+}=0 です。
(Nが偶数なので-(N+1)≠0です。)
また,BRS子供状態は零ノルムであるため,
[βk,βl+]=0 です。
これら以外の唯一の組み合わせは,[χk,χl+]ですが.これは
BRS不変性からは決まらず
,一般的に[χk,χl+]=ωklと置くことにします。
これらの交換関係をまとめるとBRS4重項モード,
Φk=(χk,βk,γk,γ~k)は次の計量構造を持つことがわかります。
(ただし,Fermionの消滅,生成演算子:γk,γ~k,γk+,γ~k+,
の交換関係:[ , ]は,反交換関係:{ , }に読み換えます;)
以上は,摂動論に依らない議論で,全く一般的なものですが
,摂動論のBRS4重項も,もちろん,この計量構造を持って
います。その場合のモード対応は,
(χk,βk,γk,γ~k)=(aa(k,L),Ba(k),ca(k),c~a(k))
です。
※素4重項
ここで寄り道になりますが,非可換ゲージ理論には
(共変ゲージである限り)物質場の詳細や摂動論に依らず,
群Gの添字:aの各々に対して,1組ずつBRS4重項が
常に存在することがいえること,についてコメントして
おきます。
この4重項は,素(elementary)(結合状態でない)FPゴースト:
c~aをメンバーに含むので,素4重項と呼びます。
(χk,βk,γk,γ~k)=(aa(k,L),Ba(k),ca(k),c~a(k))
は,この素4重項の摂動論における現われ方の1例です。
この事実は,WT恒等式:
F.T. <0|T{Dμca(x)c~b(y)}|0>
=F.T. (-i)<0|T{Aaμ(x)Bb(y)}|0>
=iδabpμ/p2 から従います。
この伝播関数(2点Green関数)に対するWT恒等式は,p2=0に
極を持つので,Dμca,c~a.Aaμ,Bbの各Heisenberg場の演算子
に零質量の漸近場が存在することを示しています。
すなわち,x0 → ±∞ において,
Aaμ(x) → ∂μχa(x)+.. ,Ba(x) → βa(x)+..,
Dμca(x) → ∂μγa(x)+...,c~a(x) → γ~a(x)+....
で定義される例質量の漸近場: χa,βa,γa,γ~aが存在します。
+..と書いたのは,これら以外にも,p2=0 の極と無関係な漸近場
が存在するかもしれないからです。例えば,第1式でのχa(k)は
縦波モード:Z31/2aa(k,L)であり,+..は残る横波,スカラー
モードに対応します。
各添字:aの漸近場:(χa,βa,γa,γ~a)が,BRS4重項になって
いることはHeisenberg場のBRS変換則から得られます。
[iQB.χa(x)]=γa(x),{iQB.γ~a(x)}=iβa(x),
さらに,QB2=0から,
{iQB.γa(x)}=0,,[iQB.βa(x)]=0 ですから
明らかです。
これらの(反)交換関係に関してもWT恒等式から,,
{γa(x).γ~b(y)}=-i[χa(x),βb(y)]
=-δabD(x-y)
WT恒等式:<0|T[Ba(x)Bb(y)]|0 >
=<0|{QB,T[Ba(x)c~b(y)]}|0 >=0と
FPゴースト数保存から.
[βa(x).βb(y)]={γa(x).γb(y)}
={γ~a(x).γ~b(y)}=0 が導かれます。
後述する「対称性の自発的破れたゲージ理論」では4重項
のメンバー:χaは,もはやゲージ場の縦波モードではなく,
非物理的Higgsモードになります。
また,摂動論の枠外では,複合Heisenberg場:Dμcaの
チャネルに現われる4重項メンバー::γaは,必ずしも
Heisenberg場:caの漸近場と同一のものとは限らない
ことを注意しておきます。
途中ですが,今回はここまでにします。
(参考文献):九後汰一郎
著「ゲージ場の量子論Ⅰ」(培風館)
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