対称性の自発的破れと南部-Goldostone粒子(20)
※16日から入院中ですが,ネットにアクセスが可能で,この
項目はこれで終わる予定だったため,予め,病院まで
持参していた参考ノートから原稿書きをしました。
さて,「対称性の自発的破れと南部-Goldostone粒子(19)」
から§6.7
Weinberg-Salam模型の続きです。
前回の最後では,小林・益川がクォーク2世代だけでは,模型に
CPの破れを導入できないことに注目し,UFfが複素数となる
自由度を得るために第3世代クォークの必要性を指摘した。
というところで終わりました。
一般にクォークがn世代のときはqFとqfで2n個あるため
n×n複素行列:UFfのn2個の実パラメータ(2n2からn2個の
ユニタリ条件:ΣFUFfUFf’*=δff’のn2を引いてn2個)
のうち,(2n-1)個(qFとqfの2n個から全体の位相1を引く)
は吸収できて,(n2―2n+1)=(n-1)2個が残ります。
一方, n×n行列:UFfが実行列であれば,ユニタリ行列は回転の
直交行列を意味し,その条件はΣFUFfUFf’=δff’で,これは
{n+n(n-1)/2}個の独立条件なので,独立パラメータは
n(n-1)/2個です。
以上から,n×n混合行列行列:UFfはn(n-1)/2の実回転角:
θi(一般化Cabbibo角)と(n―1)(n-2)/2個の位相因子:eδi
(小林・益川位相)を含むことがわかります。
後者の位相因子:eδi=rxp(iδj)が問題のCPを破る位相因子で,
果たして,その個数はn=1,2ではゼロでn=3の3世代で初めて
1個現われることになります。
小林・益川自身はCPの破れの起源として,このn×n混合行列
の位相以外にも,例えばHiggs2重項を2種以上導入して,その間
の相互作用項に位相を与える可能性も指摘しています。
※アノマリーの相殺
古典論の段階で存在するカレントの保存が量子論(loopグラフ)の
段階で成立しないことがあり,その現象を一般にアノマリー
(anomaly)(量子異常)と呼びます。
これは,くり込みなどの項目を論じた後の章で一般論として詳論
する予定ですが,Weinberg-Salam模型に関わる部分だけを簡単に
述べます。
Fermion場がカイラル(左手型,or 右手型)の場合には
図6.14に示した三角形のloopグラフがカイラルアノマリー
を引き起こします。
ゲージ理論においては,ゲージ場の結合するカレントに,この
アノマリーが存在すれば,ゲージ対称性,それ故,BRS対称性
が壊され,S行列のユニタリ性,引いては理論のくり込み可能性
まで成立しなくなります。
Weinberg-Salam模型は,正にカイラルFermionに結合するゲージ
理論ですから,このアノマリーの危険性を孕んでいますが,実は,
大変うまい具合にアノマリーへのレプトンの寄与とカラー
3自由度のクォークの寄与が相殺します。
これを以下で説明します。
後章で示すように,一般に群Gのゲージ場Aaμが表現TaLに
属する左手型Fermion:Lと表現TaRに属する右手型Fermin:R
とに,Lint=Aaμ(L~γμTaLL+R~γμTaRR)で,結合
しているとき,ゲージ場:Aaμ,Abν,Aaρの3点頂点に対する
図6.14のアノマリーは,
dabc=Tr[{TaL,TbL}TcL]-Tr[{TaR,TbR}TcR]
=Tr(L-R)[{Ta,Tb}Tc]に比例することがわかります。
今のWeinberg-Salam模型の場合,ゲージ場はSU(2)W×U(1)Y
の(Aμ,Bμ)であり,AAA,AAB,ABB,BBBの4つの
タイプのアノマリーを調べる必要があります。
Aμの結合する行列:Tは弱アイソスピンで,これは左手型の
SU(2)W-2重項の場合は(τ/2),右手型Fermionではゼロ
です。また,Bμが結合するのは,弱超電荷:Yです。
そこで,AAAアノマリーはSU(2)W×2重項ごとに.
Tr[{τi,τj}τk]=2δijTr(τk)=0に比例するので存在
しません。
ABBタイプもTrL(τ)=0でTrRもゼロですから
Tr[YYτ]=Y2Tr(τ)=0です。
AABアノマリーはTr(L-R)[{Ta,Tb}Tc]
=(1/4)TrL[{τi,τj}Y]=(δij/2)Tr(Y)
=(δij/2)Tr( (Q-τ3/2) =(δij/2)Tr( (Q)
それ故,AABアノマリーは左手型Fermionの電荷の総和に
比例します。
最後のBBBアノマリーは,
Tr(L―R)(YYY)=Tr(L―R)[(Q-T3)3]
=Tr(L―R)(Q3)-(3/4)TrL(Qτ3τ3)に比例します。
ところがTr(L―R)(Q3)は左手型Fermionと右手型Fermionの差
で,電荷は同じQについて左手型Fermionと右手型Fermionが
必ず,対で存在するので,相殺してゼロです。
そこでBBBアノマリーもまた左手型Fermionの電荷の総和に
比例します。
ここでレプトンの電荷は各世代ごとに
Q(νe)+Q(e)=Q(νμ)+Q(μ)=Q(ντ)+Q(τ)=-1
です。
一方,カラークォークの電荷は各世代ごとに
3×{Q(u)+Q(d)}=3×{Q(c)+Q(s)}
=3×{Q(t)+Q(b)}=3×(2/3-1/3)=+1です。
したがって,レプトンとクォークの寄与が相殺して.アノマリーは
現われないことになります。
この相殺のために,クォークとレプトンの対応が常に成立している
必要があります。発見されていないtクォークはこのためにも存在
しなければなりません。(※実は,1995年に発見されました。)
このクォークとレプトンの対応やアノマリーの相殺は
Weinberg-Salam模型では全く偶然的なことに過ぎませんが,
クォークとレプトンの間により深い関係だあることを示唆
しています。このことがSU(5)やSO(10)などのゲージ群
に基づく大統一理論(grand unified theory)への1つの大きな
動機になったのです。
※電荷の普遍性
Weinberg-Salam模型での電荷の普遍性(charge universality)
の問題に,こで触れておきます。
電荷の普遍性とは光子の荷電粒子との質量殻上での合定数が,
厳密に普遍的であるかどうか?いうことです。
例えば電子(またはμ粒子)の電荷は陽子の電荷=結合定数と
非常な高精度で(逆符号で)一致していることが知られています。
この問題はU(1)群に基づくQEDの場合は,ほとんど自明でした。
U(1)群の場合はWT恒等式が非常に簡単で,それから直ちに,
荷電粒子:φiの裸の結合定数:ei0(つまり,Lagtrangianに
現われる結合定数)と観測される質量殻上の結合定数:eiとが
比例するという関係が容易に導かれます。
先に述べたWT恒等式:
-<0|T[ψi(x)ψ~j(y)iBa(z)]|0>
=<0|T[(-ig)cb(x)(Tb)ikψk(x)ψ~j(y)c~a(z)|0>
+<0|T[ψi(x)igψk(y)cb(y)(Tb)kjc~a(z)|0>
ここで,U(1)ゲージの場合はg=e0で,Ta=Qなので,
[Ta,ψi]=-(Ta)ijψj=-qiψi,つまり(Ta)ijψj=qiψi
そこで,-<0|T[ψi(x)ψ~j(y)iB(z)]|0>
=-ie0qi<0|T[c(x)ψi(x)ψ~j(y)c~(z)|0>
+ie0qi<0|T[ψi(x)ψj(y)c(y)c~(z)|0>
これは,ψi,ψjの同次式ですから,これらは既にくり込まれた
Heisenberg場としていいです。
さらに,BはF.T<0|T[B(x)Aμ(y)]|0>=kμ/k2のみを
ゼロでない連結Green関数として持ち,
Aμ=Z31/2Arenμ ⇔ Arenμ=Z1-1/2Aμ
より,左辺=(-iZ3-1/2kμ/k2)iSF'(p-k)
(-iΓrenμi)iSF'(p)
となります。
一方,c,c~はQEDでは自由場ですから,
F.T<0|T[c(x)c~(y)]|0>=-1/k2です。
故に,右辺=ie0qi(-1/k2){-iSF'(p)+iSF'(p-k)}
よって,
Z3-1/2kμΓrenμi=e0qi{iSF'-1(p)-iSF'-1(p-k)}
これと,光子の質量殻近傍ではSF'-1(p)=p-m,
Γrenμ ~ γμから,ei=Z31/2e0qiを得ます。
(証明終わり)
つまり,ei=Z31/2ei0=Z31/2e0qiです。
ここで,Z3は光子場のくり込み定数で,qiは裸の結合定数:
ei0がei0=e0qiで与えられる荷電粒子の生成演算子φ+の
運ぶ電荷演算子Qの量子数です。
すなわち,[Q,φ+]=qiφ+です。
Z3や,Z3e0は荷電粒子φiと無関係な定数なので
ei=Z31/2e0qiは電荷の普遍性を証明しています。
すなわち,質量殻上の結合定数eiは量子数qiに普遍的
比例定数で比例していること,特に量子数qiの荷電粒子
は等しい質量殻上の結合定数を持つことを示しています。
ところが,Weinberg-Salam模型では,WT恒等式はかなり
複雑になり,それを直接用いることによって,求めるべき
比例関係:ei=(定数)×ei0=(定数)×e0qiを導く
のは容易なことではありません。
事実,Landauゲージ(α=0)以外では,この方法での証明
は過去に与えられていないようです。
そこで,ここでは"Maxwell方程式"を用いたより強力な
証明法を紹介します。
この方法では,Weinberg-Salam模型のSU(2)W×U(1)Y
の大局的不変性を尊重する任意の共変的ゲージ:
LGF=-(∂μBa)Aaμ+(1/2)α0BaBaの下で
ei=(定数)×ei0=(定数)×e0qiが証明できます。
ここで群の添字:aはU(1)Yに対応する0から,
SU(2)Wに対応する1,2,3まで走るものとします。
したがって,A0μは,Lゲージ場=(-1/4)(∂μAν-∂νAμ)2
-(1/4)(∂μBν-∂νBμ)2で,Bμと記したU(1)Yの
ゲージ場を表わすとします。
ここで以前に与えた"Maxwell方程式"により,
∂νFaνμ=gJaμ+{QB,Dμc~a}(a=1,2,3)
∂νF0νμ=g’J0μ+{QB,∂μc~0}です。
SU(2)W×U(1)Y対称性はU(1)EMへと自発的に
破れているので最終的には唯一の電荷演算子,
つまり電磁的電荷演算子:Qのみが無矛盾となります。
量子数の関係式:Q=T3+Y(※これは正確には粒子φiごと
の量子数間の関係式:qi=τ3+yiであり,場の理論の
演算子:Q,T3,Yの関係式ではないことに注意,実際,
自発的対称性の破れのために, T3,やYなどは無矛盾
な演算子としては存在しないことに注意されたい。)
そうして,"Maxwell方程式"のa=3成分と0成分の
次の線形結合を考えます。
∂νFνμ=e0(J3μ+J0μ)+{QB,Dμc^μ},
Fνμ=(g'F3νμ+gF0νμ)/(g2+g'2)1/2,
c^μ=(g'Dμc~3+gDμc~0)/(g2+g'2)1/2
です。
ここでe0=gg'/(g2+g'2)1/2は先には電磁結合定数:
eと定義したものと同じですが,に現われる裸の結合定数
であることを強調するためe0と記しました。
この線形結合:
∂νFνμ=e0(J3μ+J0μ)+{QB,Dμc^μ}では
実際,Fνμは,場についての線形な部分が,
丁度,先にZμと同時に与えた電磁場:
Aμ=(gA3μ+g'A0μ)/(g2+g'2)1/2の
∂νA-∂μAνに一致しており, (J3μ+J0μ)は例えば
物質場部分の電磁相互作用カレント(jleptonμ+jquarkμ)
に一致しています。
すなわち,形式的電荷演算子;∫d3x(J30+J00)は
正準交換関係を用いて,正しく電磁的電荷量子数:qi
をカウントする[Q,φ+]=qiφ+を再現します。
しかしながら,既に詳述したように(J30+J00)には,
素4重項メンバーβa(a=3,0)のある線形結合βの
零質量1粒子項:∂μβの寄与が存在するので,3次元
積分の収束する無矛盾な電荷演算子Qとしては,
Q=∫d3x[(J30+J00)-ω∂kFk0]
=∫d3xJEM0としなければなりません。
Fk0はFνμの(k,0)成分で,零質量電磁場:Aμを含んで
いるので∂νFνμは,上の零質量素4重項の1粒子状態;
∂μβをある重みで含み,係数ωは(J30+J00)の含む
∂μβを丁度相殺するように選択されます。
(※このとき,∂νFνμの含むβが,(J30+J00)の含むβ3
とβ0の線形結合:βと一致していることは,とにかく,
電磁的量子数qiに対応するU(1)EM対称性が自発的破れ
を起こさず残っているという仮定:つまり,
Q=∫d3x[(J30+J00)-ω∂kFk0] =∫d3xJEM0
の形の(J30+J00)を含む電荷が無矛盾なものとして存在
するという仮定,から従う1つの必要条件です。)
ここでQ=∫d3xJEM0で定義されたカレント:
JEMμ=(J3μ+J0μ)-ω∂νFνμを用いればMaxwell
方程式は次の形になります。
すなわち,(1-e0ω)∂νFνμ=e0JEMμ+|QB,c^μ}
です。この式を2つの任意の物理的1粒子状態:|i>
と|f>(∈Vphys)で挟めば,
(1-e0ω)<f|∂νFνμ(x)|i>
=e0<f|JEMμ(x)|i>を得ます。
ただし,|i>,|f>∈Vphys)より,
<f||QB,c^μ}|i>=0なることを用いました。
(1-e0ω)<f|∂νFνμ(x)|i>
=e0J<f|JEMμ(x)|i>の両辺に∫d3xexp(ikx)
を掛けて計算し,kμ→0の極限を取ることを考えます。
NGボソンの低エネルギー定理と同様,kμ→0の極限で
残るのはFνμチャネルの零質量1粒子,つまり,光子の
つくる極部分だけです。
Heisenberg場:Fνμ(x)に含まれる,くり込まれた光子の
漸近場:Aasμ(x)の重みをYとすると,x0→±∞で
Fνμ(x)→Y{∂νAasμ(x)-∂μAasν(x)}+..
です。ここでは無関係な質量を持つ粒子の漸近場の
寄与である係数Yは,
例えば2点関数:<0|T[Fνμ(x)Fρσ(y)]|0>の
k2=0の留数から読み取れます。
Fνμ(x)→Y{∂νAasμ(x)-∂μAasν(x)}+.
は,∫d4xexp(ikx)<0|T[Fνμ(x)Aasρ(y)]|0>
=-Y(kνgμρ-kμgνρ)/k2を意味していること
に注意すれば,
limk→0∫d4x<f|∂νFνμ(x)|i>(1-e0ω)
=Y(1-e0ω)limpf→pi(2π)4δ4(pf-pi)efi(pi+pf)ρ
なることがわかります。ただし,くり込まれた光子とi,f
の3点頂点:Γ(3)μfiが質量殻k2→0の近傍では,
-iefi(pi+pf)μの形を取ることを用いました。
このefiは,|i>,|f>が不変規格化された状態のとき,
質量殻上光子の物理的結合定数です。
一方,右辺はμ=0成分を考えると,無矛盾な電荷演算子
Qが,Q=∫d3x[(J30+J00)-ω∂kFk0] =∫d3xJEM0
で与えられること,および,Qが電荷量子数qをカウント
することを用いて次式を導きます。
limk→0∫d4xexp(ik0x0)exp(ikx)e0<f|JEM0(x)|i>
=∫dx0e0<f|Q|i>
=e0qiδfilimpf→pi (2π)4δ4(pf-pi)2pi0です。
ただし,qiは|i>の電荷量子数であり,不変規格化条件:
<f|i>=(2π)32pi0δ3(pf-pi)
(※ただし,∫dx0=2πδ(pf0-pi0))を用いました。
limk→0∫d4xexp(ik0x0)exp(ikx)e0<f|JEM0(x)|i>
=∫dx0e0<f|Q|i>
=e0qiδfilimpf→pi (2π)4δ4(pf-pi)2pi0
のμ=0成分と比較して,efi={Y(1-e0ω)}-1δfie0qi
を得ます。
この式は質量殻上の光子の結合定数efiが荷電粒子の種類
に関して対角的であると同時にY,ωやe0が明らかにiやf
に依存しない定数なので,これは,
求める電荷の普遍性:ei=(定数)×ei0=(定数)×e0qiを
証明しています。
この証明法のいいところは物理的粒子:|i>,|f>が上でQB
が消えることを用いたステップです。
<f||QB,c^μ}|i>=0は複雑なWT恒等式に埋もれた
必要な情報を非常に簡潔に取り出していることに相当します。
また,QEDの場合でも,もちろん上の証明が成立しています。
その場合は,単にSU(2)部分を消去し,U(1)部分を残せば
いいです。(※つまり,g=0,Ja=1,2,3μ=0,かつ,
g’→e0,J0μ→jμ=ψ~γμψとすればいいです。)
そうすれば,
∂νFνμ=e0(J3μ+J0μ)+{QB,Dμc^μ}は,通常の
QEDのMaxwell方程式:∂νFνμ=e0jμ+∂μB,
(Fνμ=∂νAμ-∂μAμ,B={QB,c~})となり,この場合,
上で問題にした零質量粒子βはNL場:Bです。
容易にわかるように∂νFνμはBをZ3∂μB,だけ含むため,
e0jμはBを(Z3-1)∂μBだけ含み,したがってからωを
求めることができます。
すなわち,QEDの場合,(1-e0ω)Z3=1,e0ω=1-Z3-1
です。このQEDの場合には,次の漸近式:
Fνμ(x)→Y{∂νAasμ(x)-∂μAasν(x)}+..
において,Y=Z31/2なので,
efi={Y(1-e0ω)}-1δfie0qiはefi=qiδfiZ31/2e0
となるわけです。
最後に,上の証明は荷電粒子:|i>,|f>がLagrangian
に現われる素な場である,ということを全く仮定してない点に
注意します。
それ故,|i>や|f>は,クォーク3体結合状態である陽子
でもよく,その光子結合定数e陽子が|e電子|と一致すること
を証明しています。第6章の「対称性の自発的破れ」の項目
はこれで終わりです。
そこで,今回はここまでです。
(参考文献):九後汰一郎 著「ゲージ場の量子論(Ⅱ)」
(培風館)
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