光の量子論4
※光の量子論の第1章の続きの
第3弾です。
- 1.11 吸収の微視的理論
※厚い空洞に詰まった原子気体を光ビーム
が通過する際の前記の減衰過程を微視的観点
から考察します。
その目的は減衰速度,したがって,吸収係数
を,以前のアインシュタイン理論の2つの係数
A,Bに結びつけることです。
空洞内が定常状態に達していれば,
レート方程式:dN1/dt=-dN2/dt
=N2A+(N2-N1)BWの両辺はゼロに
等しいです。しかし.このレート方程式は,
誘電体が存在する場合には,どうしても
避けられない小さな変化が生じます。
アインシュタイン係数は自由空間(真空)
内の単一原子に入射する電磁波について
定義されており,その場合には,場の
エネルギー密度は全エネルギーがサイクル
平均で,(1/2)∫(空洞)ε0|E(r,t)|2dVで
与えられる.または,単位体積当りでは,
∫0∞W(ω)dω
={1/(2V)}∫(空洞)ε0|E(r,t)|2dV
で与えられる,という式を満たすW(ω)
のことでした。
この(1/2)∫(空洞)ε0|E(r,t)|2dV
を,(1.87)の(1/2)∫(空洞)ε0η2|E(r,t)|2
のように,η2因子を付けて,
誘電体内のエネルギー密度にとった
ときには,アインシュタインの自由空間の
理論における吸収と誘導放出の速さでは,
この因子を除いておく必要があります。
そこで,定常状態となる条件
は,誘電体内では,
0=dN1/dt=-dN2/dt
=N2A+(N2-N1)BW/η2
となるべきです。
故に,
N2A=(N1-N2)BW/η2.(1.92)
が成立する必要があります。
自発放出により放射されるエネルギー
の放出速度はN2A(hcω)で,これは
エネルギー減衰速度であり,自由空間では,
吸収によるN1BW(hcω)から誘導放出に
よるN2BW(hcω)を引いたものに等しい,
という式の構造でしたが,
誘電体が存在すれば,Wの代わりに,これ
を(W/η2)で置き換える必要があるため,
(1.92)を得るわけです。
次に,N2A=(N1-N2)BW/η2の右辺
によってビーム減衰速度を計算します。
その前に原子遷移速度について,さらに
詳述する必要があります。
これまでは,どの原子も確定した1つの
遷移周波数ωを持つと見なしてきました。
しかし,次の第2章で述べることですが,
各原子に対して同じ1対の状態を考える
ときでさえ,原子が吸収or放出できる光子
の周波数ωには,ある統計的広がり
があります。
そこで,ωの付近のdω中に光子の周波数
が入っている遷移比率をF(ω)dωとします。
(∫F(ω)dω=1と規格化しておきます。)
差し当たり,ωが特定範囲にある遷移だけ
を考えます。
N1個の原子が下の準位にありN2個の原子
が上の準位にあるような定常状態では,dω
に含まれるビームのエネルギーの変化速度は,
-(N1-N2)F(ω)dωBW(hcω)/η2
に等しくなります。
光のビームの進行方向はz軸に平行とします。
すると,Wはその向きに減衰するため,zの関数
です。
ここで,厚みdzと断面積aのzに垂直な
薄い空洞の切片を考えます。
Wはこの微小厚さの切片内では位置座標:
rには無関係とすると.切片内のビームの
エネルギーでdωに含まれるものは.
Wdωadzです。
そして,空洞の全体積はVですから,
(adz/V)は,切片内にある原子数の比率
を示しています。
故に,エネルギー保存条件は,
(∂/∂t)(Wdωadz)
=-(N1-N2)F(ω)dωBW(hcω)/η2
×(adz/V).(1.93)
で与えられることになりますが,
これはつまり,∂W/∂t
=-(N1-N2)F(ω)BW(hcω)/(Vη2)
(1.94) を意味します。
かくして,アインシュタインの理論が,
ビ-ムのエネルギー密度Wの時間依存性
を表わす方程式を導く,ことが
わかりました。
これに対して,先の巨視的理論で得られた,
(1.90)のI(z)=I0exp(-Kz)で導入された
吸収係数Kを含む議論は,ビーム強度の空間的
変化を与えます。
ところで,∂W/∂tに対する式(1.94)は
(1.93)の左辺の-(∂/∂t)(Wdωadz)
が体積(adz)の切片でビームエネルギー
が失われる速さ=空洞切片が同じエネルギー
を受け取る速さ,を示しており,これが断面積
aの切片境界を横切って流入するエネルギー
に等しい,という形に表わすことができます。
すなわち,Idωをωとω+dωの間に存在
する電磁エネルギーの強度とすると,
-(∂/∂t)(Wdωadz)
=-a(∂I/∂z)dzdω.(1.95)によって,,
∂W/∂t=(∂I/∂z).(1.96)なる関係式
を得たわけです。
※(注4-1):上の(1.96)式は,
Δtの間のビームのエネルギー密度Wの増分:
ΔW={W(t+Δt)-W(t)}に逆符号を
付けたものが
断面積を横切って通過する,厚さΔzの間の
エネルギー強度の増分:ΔIに逆符号を
付けたもの=流入速度:-ΔI
=-{I(z+Δz)-I(z)}で表わせる,
という形のエネルギー保存則の形式です。
つまり,空洞切片において,
「Δtの間の空洞エネルギーの増分:
-ΔWdω(aΔz)
=-{W(t+Δt)-W(t)}dω(aΔz)
=-(∂W/∂t)Δtdω(aΔz)
が空洞切片へのΔtの間のエネルギー流入量:
-aΔIdω(Δt)
=-a{I(z+Δz)-I(z)}dωΔt
=-a(∂I/∂z)ΔzdωΔtに等しい。」
という形のエネルギー保存則の表現です。
故に,確かに∂W/∂t=∂I/∂z
を得ますが,これは流体の質量や電荷の保存
を示す連続の方程式∂ρ/∂t+∇j=0
(j=ρv)のアナロジーである.
と考えられます。(注4-1終わり※)
さて,(1.87)から,∫0∞W(ω)dω
={1/(2V)}∫(空洞)ε0η2|E(r,t)|2dV
であり,他方,(1.89)から∫0∞I(ω)dω
={1/(2V)}∫(空洞)ε0cη|E(r,t)|2dV
となるはずです。これらを比較すれば,
cW=ηI(1.97)なる関係があることが
わかります。
∂W/∂t=∂I/∂zを,(1.93)の∂W/∂t
=-(N1-N2)F(ω)BW(hcω)/(Vη2)と
組み合わせた式において,右辺にW=ηI/c
を代入すると,∂I/∂z
=-(N1-N2)F(ω)BI(hcω)/(Vcη)
(1.98)を得ます。
これは,エネルギー準位が縮退している場合
この式の右辺ののN1に(g2/g1)という因子を
掛けることで一般化されます。
しかし,以下ではg1=g2,つまり,g2/g1=1
の場合だけを扱うことにします。
右辺のN1,N2そのものがWに,それ故Iに
依存するため,方程式(1.98):∂I/∂z
=-(N1-N2)F(ω)BI(hcω)/(Vcη)
は思ったよりも複雑です。
しかし,定常状態では.
N2A=(N1-N2)BW/η2(1.92)が成立する
ので,N1+N2=Nにより,N1を消去して,
N2=(NBW/η2)/(A+2BW/η2)を得ます
から,さらにW=ηI/cを用いて,(N1-N2)
は,N1-N2=N-2N2=NA/(A+2BW/η2)
=NA/{A+2BI/(cη)}(1.99)と表わせる
ことがわかります。
これを,(1.98)の∂I/∂z
=-(N1-N2)F(ω)BI(hcω)/(Vcη)
に代入し,分母を払えば,
{A+2BI/(cη)}(∂I/∂z)
=-NABF(ω)(hcω)I/(Vcη)
となります。
そこで,最終的に,(1.98)は
(1/I){1+2BI/(Acη)}(∂I/∂z)
=-NBhcωF(ω)/(Vcη).(1.100)
と書き直せます。
さて,2つの極端な場合を考えます。
(ケースⅠ):普通のビームでは,(1.100)の
左辺の括弧の中の第2項:2BI/(Acη)
=2BW/(Aη2)は常に第1項の1より
ずっと小さいです。
そこで,これを無視しますが,この項を
無視するのは.全体の原子数Nに比して
励起原子の数:
N2=N(BW/η2)/{1+2BW/(Aη2)}
を無視することに相当します。
このケースでは,(1.100)は,
(1/I)(∂I/∂z)
=-NBhcωF(ω)/(Vcη)となるため,
間単に積分できて,
I(z)=I0exp(-Kz)(1.101)を得ます。
ただし,K=NBhcωF(ω)/(Vcη)
(1.102)です。
この式は巨視的理論の(1.90)と全く同じ
ですから,このKは(1.91)の吸収係数:
K=2ωκ/cと全く同じものです。
Kが周波数と共に変わる様子は原子遷移
周波数の分布F(ω)に似ていますが,さらに
周波数に依存する因子が掛かっています。
ここで,(1.92)の,
K=NBhcωF(ω)/(Vcη)の右辺の因子
hcω/(cη)を左辺に移して,両辺をωで
積分すると,∫F(ω)dω=1より,
∫[Kcη/(hcω)]dω=NB/V.(1.103)
を得ます。それ故,Kとηが測定できれば,
実験からBの値を決定できます。
希薄な原子気体ではηは自由空間の値1
に近いです。そして,大抵の吸収線はKが
著しく大きくなる場所の周波数に比べて,
小さい幅を持っているため,ωは吸収線全域
で近似的に一定です。
(1.103)より,BはK-ωグラフのKの
描く曲線の下の面積に比例しますが,
このケースには面積はKωで近似されます。
(※Kの具体的関数形は第2章で論じます。)
∫[Kcη/(hcω)]dω=NB/Vは,
(1.91)のK=2ωκ/cと(1.94)2ηκ=χ”
により,Kcη/(hcω)=χ”/hcとなる
ため,∫χ”dω=hcNB/V.(1.104)
と書き直せます。
(ケースⅡ):光ビームが非常に強い,
というのが,もう1つの極端な場合です。
これは,2BI/(Acη)
=2BW/(Aη2)>>1の場合で,
このときは,(1.100)の方程式:
(1/I){1+2BI/(Acη)}(∂I/∂z)
=-NBhcωF(ω)/(Vcη).の左辺の
括弧の中の1の方が無視できて,方程式は,
2B/(Acη)}(∂I/∂z)
~ -NBhcωF(ω)/(Vcη),つまり,
(∂I/∂z) ~ -NAhcωF(ω)/(2V)
となり,これを積分することで.
I-I0=-NAhcωF(ω)z/(2V)
(1.105)を得ます。
したがって,この場合,ビーム強度は,
(ケースⅠ)の(1.90)や(1.101)のような指数関数
的減衰ではなく,自発放出の係数:Aから決まる
速さで,空洞を通過する距離zに比例して
減衰します。
(1.98)のIの減衰方程式:∂I/∂z
=-(N1-N2)F(ω)BI(hcω)/(Vcη)
の右辺は,N1-N2=N-2N2が正,つまり,
N2>(N/2)になれば,Iは減少から増加に
転じます。
それ故,∂I/∂z=0はIの極大値を
与えます。
ビームの光子が散乱されてビ-ムから出て
いくエネルギーの速さは,(1.94)の空洞内原子
気体への流入率の式:∂W/∂t
=-(N1-N2)F(ω)BW(hcω)/(Vη2)の
右辺に逆符号を付けたもの:
(N1-N2)F(ω)BI(hcω)/(Vcη)
ですが(1.92)より,N2A=(N1-N2)BW/η2
ですから,これはN2Ahcωに比例します。
そこで,N2Ahcωがその極大値:
(NAhcω/2)に近づくと,強度Iの減衰が鈍化
して,飽和していくことになります。
すなわち,原子遷移は飽和に近づき,吸収が
減少していくわけですが,これは,ビームの
エネルギーが散乱されて出て行く速さ:N2Ahcω
が,その極大値:(NAhcω/2)に近づくからです。
ビーム強度Iが,これ以上増加しても散乱の
起こる速さには,それに見合った増加が有り得ない
のでIが増加すると,気体を通過するときのIの
変化率は減少するわけです。
そこで,Maxwell方程式を基にした巨視的な
吸収理論は飽和の状況では適切でないです。
故に,極端な(ケースⅠ)の(1.103)で実験結果
を説明するには,その実験ではKを測る際には,
当然,飽和が起こらないようにする必要が
あります。
今回はここまでです。
次が第1章最後です。(つづく)
(参考文献):Rodney.Loudon著
(小島忠宣・小島和子共訳)
「光の量子論第2版」(内田老鶴舗)
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