思想,哲学

2009年11月17日 (火)

本当にやりたいことと資本主義

 「本当にやりたいことであればお金を払ってでもやりたい。」=「それに費用がかかるならお金を払う。」というのと,「やりがいのある仕事をしてお金をもらう。」というのが矛盾することがあるのが資本主義社会の一面だと思います

 絵を描くのが好きだ。歌を唄うのが好きだ。野球,サッカー,相撲,ゴルフetcが好きだ。じゃあ,お金を払ってもやりたいですか?もちろん, アマチュアのままでいるのなら,別に,問題や矛盾はないでしょう。

 しかし,本当に「好き=生きがい」で努力してプロになった方,またはプロを目指す方が存在します。プロスポーツであれば,「土俵,イヤ野球場にはお金が落ちている。」という人々についてはどうでしょう。

 46歳にして現役選手を続けたいという「工藤投手」,彼の場合,「自由契約=クビ」でもプロとしてであるなら,「お金を払ってでもやりたい。」のではないか?と想像しますが,現実には選手としてそうした身分は許されないでしょうね。

 プロというのはお金をもらうこと,あるいは金が取れることをも意味します。プロスポーツがある場合には,その選手であればプロであることがアマよりも技術,またはパフォーマンスとして上であることを意味するからです。そもそも下手であれば何でお金がもらえるの?とかです。。

 スポーツには限りませんが,これが資本主義社会でしょうね。

 (「俺の芸,俺の技術は売り物じゃねえや」という考え方もあるでしょうが。。) 

 命や心を救うであろう医師や医療技術者,または,まさに看護や介護に従事する人々,そして他人に教える仕事である教師とか,直接,他人を助ける支援する仕事をお金を払ってでもやりたいという方もいるでしょう。

 実際,「ボランティア=無償奉仕?」で人助けをやっておられる人もいるでしょうが,資本主義社会では,逆に「お金をもらわないでやる=プロではない」ということは,彼,彼女には「責任がない(無責任)」=「お金もらってないのだから失敗しても責めるられるいわれがない。」という意味もあります。

 例えば,臨床,医師の資格のない人が,相手を助けたい一心で無料で医療行為を行いたいと言っても良心,やさしい心であっても受け入れられるものではありませんね。好意であっても犯罪行為です。

 それに,無料奉仕では別に生活の糧を得る手段を持っていなければなりません。生きていくのがギリギリの社会ではそもそも「本当に好きなこと」を趣味嗜好でやっている奴なんて「鼻持ちならない奴」ということもあるでしょうね。

 (これは自分の存在自体が他の存在の排斥を意味する「原罪」のようなものでしょうか? 「カルネアデスの舟板」 http://maldoror-ducasse.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-d798.html でも書いたように生産性が足りていれば「原罪」に縛られることはないのでしょうが。。

 必ずしも生活の糧の話だけではなく「ナンバー・ワンにならなくてもいい,元々特別なオンリー・ワン」(←盗作)というのと逆の意味で,自分の存在が他の存在意義を排斥することがあるという意味もありますが。。。)

 過去に教師であっても,引退した後はお金を払っても教える対象がいないこともあるでしょう。教えるという行為はそれ自身相手に対してある程度の優越感を感じたり,相手が知識,知恵を得ることで感謝されれば自分も嬉しいというようなお金ではない報酬が得られます。

 上記の人助けに属する仕事は,もしも資格不要で給料も不要な金持ちの道楽であれば,感謝されて嬉しいという報酬=これもエゴが満足されるでしょう。

 私自身が持っている実存と社会性という矛盾=二枚舌を正当化するために現在が理想社会ではないからという意味で社会背景や経済構造を持ってくるのは大げさで僭越だとは思いつつ。。。今日の雑感です。。

 (↑ むずかしげに見えることを書いて気取ってみても,自分が単にエロが好きでスケベな変態ジジィであることを肯定してるだけじゃん。。。)

PS:そうそう,大事な例外?を忘れていました。お金を得ること,あるいは金持ちになること自体が「本当にやりたいこと」であるという場合もありましたね。

  

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2009年5月15日 (金)

カルネアデスの舟板

 「究極の選択」,あるいは「正当防衛」の例として「カルネアデスの舟板」というのがあります。概ね次のようなものですね。これはこの通りの題名の松本清張氏の著書があります。

 「1人の人が1枚の舟板をつかんでかろうじて漂流しながら生きている。その板は2人が乗ったりつかまったりすると沈んでしまうけれど,1人だけならつかまっていても沈まないので,彼はそれにつかまっていれば生き延びられる。

 ところが,そこへもう一人の人が流れてきてその舟板につかまろうとしたとき,どちらかが相手を蹴落として1人だけ生き残った場合,生き残った側の相手を蹴落としたという行為を罪に問うことが出来るだろうか?」という問題です。

 普通の民主的な地域での裁判であれば,彼は「正当防衛」とされて無罪放免とされるはずです。カンダダ(蜘蛛の糸)にも似てますね。。

 これを初めて知った昔から,私の頭の中に何故かこの課題が残っているのは,相手を蹴落とすという話とは逆のことで,偽善と慈善の判別に関連していて,自分を犠牲にしても他人を助ける行為の方です。

 カナヅチに毛の生えたような自分ですが,相手を殺して生き残るのは確かに世間の評価では無罪であっても,私にとっては有罪なのでできたら左の頬を差し出したい気分なのですね。

 自分が飢え死にするのを覚悟で微々たるものでも財産の大部分を施すのが慈善,2人以上つかまっても大丈夫だからとつかませる余裕の部分を施すのは偽善に近いかなという意味です。ま。。どうでもイイ話ですが。。。

PS:いや,実は慈善,偽善よりもっと大きな描像である「食物連鎖」あるいは「弱肉強食」のことも考えていました。資本主義経済で言うなら単なる「自由競争」ですが。。。  (キリスト教なら原罪?)

 舟板が大きく立派で漂流者全員がつかまっても沈まない。。。。国全体,イヤ地球全体(全世界)に全員がつかまって生きていける程の十分な「生産性」があれば本来振り落とされて沈む人はいないはずなんですが。。。

(自民から民主に変わっても同じだとかブツブツ言わずに,取りあえず1回でも政権交代させてみろよ!。。。

 同じような店だろうと何だろうと,お店が2つ以上あって競争相手になるようでなけりゃ,商品の安売り合戦とかサービス合戦なんてのは決して起きっこないんだぞ。。。)

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2008年12月14日 (日)

私と仕事

 私にとって仕事というのは2つの意味があります。

 1つはライフワークに代表される人間一生でやりとげる事という意味で必ずしも金銭の収入などが付随してついてくる必要がないものです。(世間的に言えば生きがいとか夢とかいうものです。)

 もう1つは生活の糧としてやる労働のことで,イヤイヤやるのなら労苦とでもいうものです。

 本人自身には責任のないハンディがある場合を除けば,働かざるもの食うべからずですかね。。。

 (まあ,上記2つの意味の仕事が1つであって,それで幸せな人や不幸せな人もいるでしょうが。

 例えば医者はどうなんだ?

 というと,病気を治すことが自分の人間一生でやりとげる事であるというのなら自分の医術で患者の病気が治れば,それで本望であって嬉しいということで満足なはずでしょうから,別に金銭を貰うことなど不要で,ただ薬など治療にかかる実費さえ貰えばいいでしょ?

 まあ生きてゆくに必要な食費とかの僅かな金銭くらいをお礼に貰ってもいいけどね。。)

 後者の仕事の方は昔からできれば頭など極力使わずルーティン的に時間さえこなしていれば必ず終わるなるべく単純な仕事がいいと思っていましたが,なかなか思うようにはいきません。

 当然単純労働では給料は安いですが,別に食べていければそれでかまわないのです。贅沢は求めません。

 (あと,まあ現在誤解され世間からどちらかというと嫌われていると思う共産社会というのは,元々金銭,あるいは必需品が仕事(労働)の代価として得られるという仕組みが人間の不幸の根源だから,そんな私有財産的な関係は断ち切って仕事と金銭とを全く無関係なものにしようというものですよね。)

 しかし,私を雇う方は私のようには思っていないらしく,つい先だっても8年ほど前のことですが,夜間のほぼ単純な労働に応募して1度不採用になりましたが,すぐに欠員ができて1ヶ月後に呼び出され採用され結局1年前まで7年間病気で労務不可能になるまで続きました。

 私の学歴を見たり,また教師などをやったことがあるような奴はプライドが高くて1ヶ月も持たないだろうと思ってたから不採用にしたけれど,採用した2人の方が1ヶ月持たずすぐに辞めたのでダメもとで呼び戻したとか,後で親分に言われましたが,そんなバカなプライドを持ってるわけもないし,労働としての仕事に甘い夢など持ってるはずもないでしょう。

 昔ふつうにサラリーマンやってたとき比較的むずかしい頭使うコンピュータやデスクワークは複雑で性分に合わないので,テキトーにサボリ入れても結構いい給料がもらえて月給泥棒のようでしたが,逆に正社員ではない安い時給での単純労働では,なぜか必要以上に労働意欲が湧いて先輩に変な野郎と思われたかもしれません。

 私なりのポリシーがあるのですが理由は他人には言えません。

 まあ現実の社会ではウソッぱちなことなんですが,一応私は普段から「職業に貴賤なし」を主張し,私の亡父は商業学校(現岡山東商)を出た後に戦前は大阪の高島屋に入社して若くして係長になったのは,他人のイヤがる仕事を率先してしたせいらしく,私たち兄弟に「他人のイヤがる仕事を率先してやれ」つまり今で言う「3Kのような仕事をすすんでやれ」というのが遺言のようなものでした。

 それを聞いて育った私が,自分の仕事だからという理由でそんな変なプライドを無意識にでも持ったらそれこそ言行不一致の矛盾そのものです。。

 何が嫌いって,他人はともかく自分の言行不一致とか自分のウソくらい嫌いなものはないんです。

 とか言っても言ったとおりにならないので結果的にウソになるということはあるでしょうが,努力の結果できなかったならそれは仕方ないでしょう。

 そう言ってもこれはウソつくと極度にストレス感じる私だけの問題であり,他人が自分と同じ体質であるはずもないので,自分がそうだと思うことを他人にも強要しようとは毛ほども思もいませんが。。

 世の中モットーだとか信念だとか自分で持つのは大いに結構で上の話も私のモットーのようなものでしょうが,宗教ならいざしらず他人も自分と同じだと思って自分のドグマを他人にも強要するのはチョッと賛成できません。

 でもまあ一般に社会は保守的で,皆とは違う異質な者個性的な者はイジメに合いやすいし,昔の映画ですが「イージーライダー」ではアメリカの田舎で,ヒッピーであるというだけで最後は銃で殺されましたからねえ。。

 いや,楽して生活できればそれに越したことはないと思うのは生き物としてまったく至極当然のエゴですからね。。

 実は私も裏で何思ってるかわからない腹の黒い奴でしょう。。キット。。。

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2008年10月11日 (土)

日々の雑感!今日は休日だ

 映画「スーパーマンⅡ」で,超能力を失なってもいいと決意して普通の人間になり,恋人ロイスを侮辱から守ろうとして普通の男と殴り合いをしても負けてしまうクラーク・ケント,それでも恋人の気持ちは以前と同じのままなのだろうか?

 まあ,逆に母性的同情は生まれているのだろうが。。。

 暴走族「八州連合」の長であった矢島金太郎から,外見や正義感が強く男気があるという性格については全く同じだが"サラリーマンにしては桁外れにケンカが強い"という属性を取り去ってしまって,上司やヤクザに啖呵は切るけれど実際にケンカをするとボコボコにやられるとしたら,彼の人間としての価値は半分以下に減ってしまうのだろうか?

(あ,そうか。。ケンカ以外のそれに対抗できるくらいのファクターで置き換えればいいんだった。。。

 昔,武士であれば剣術に強いことがステイタスだった時代から,今なら丁度ノーベル賞や「ガリレオ」や「容疑者Xの。。」のテーマであるようなよくできる学者であるとか。。の別の要素とかね。。。)

 これらはフィクションですが,人間にタラレバはないですね。。

 両親から受け継いだ遺伝子(身長,体重,容姿,そして血液型?)と生まれたときの境遇(生まれた国,故郷,親がいるのか孤児か,あるいはシングルマザー,やシングルファーザーか,兄弟や姉妹がいるのか,それともひとりっ子か,家柄がセレブか,あるいホームレスレベルか,,そして星座?),

 そして成長過程の環境(自分の暮らしてきた時代背景)や経験,それらの要素の総体によって決められた現在の性格,外見,知力,体力,腕力などのあらゆる属性が彼の価値を決めるものだというのが常識的な見解なのでしょうね。。

 やはり,なんかむなしいなあと感じます。。。

 私は今はもちろん,年寄りに入りかかったという歳ですが,近年は病気のせいもあって,かなり衰えて外見は年齢以上にヨボヨボのジジィになったせいか,昨今は夜に男二人連れで歩いていて,たまたま酔っ払いにケンカを売られて,ついそれを買っても連れがケンカを買ったと勘違いされて相手にもされなくなったのも悲しいことです。。

 もっとも,それでまともにケンカしても,ひょっとしたら少し殴られたくらいで簡単に死ぬかも知れないので,相手に必要以上の罪状がかかって迷惑がかかるかも知れないしなぁ。。。

 (実際,昔飲み屋で左隣にチンピラ風の若造がいて「オッサンが粋がったせいで俺が殴って,もしかしてあんたが死んだら殺人罪になって損するのはワシや」みたいなこと言われたことがあるなあ。。)

 ありゃりゃ。また素面でお茶飲んだだけで酔っ払っている。(おチャケか?) 相変わらず極楽トンボだな。。こりゃこりゃ。。。

 (松坂も岩村も頑張ってるなあ。。。岩村のいるレイズ(旧・デビル・レイズ)の頑張りは,ずいぶん昔にビデオで見た「メジャーリーグ」という映画の中でお荷物球団であった実在のインディアンスの活躍を彷彿させますね。

 エースだったかストッパーだったかは忘れましたが,確かマーチン・シーンの息子のチャーリー・シーンがほぼ主役のインディアンスのピッチャーをやっていて彼が登板するとテーマ・ソングがかかっていましたね。)

 あまり経験はないけど,自分自身がカメラを向けられると,あがったり完全にヨソゆきのキャラに変わってしまう性質(たち)なので,テレビでのライブやライブもどきの放送の映像の中で垣間見られるタレントなどの姿にしても,カメラを意識するタイプかそうでないかとか,キャラを演じているのか,それともほぼ素のままかとかが気になって,ドラマやスポーツ,ドキュメンタリーのようなものを見るときのように素直には見られません。

 例えば,メジャーなところには登場しない歌手とかではなく,テレビに出てくるタレントのファンになっても,そのタレントの実際とのギャップが気になってしょうがないとしたら,そんなのは本当のファンではないんだろうなあ

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2008年10月 6日 (月)

小池一夫氏の不思議

 テレビを見ていたらリバイバル放送で「子連れ狼」を放送していた。「冥府魔道」とか難しく恐ろしげな文句を言っている。。。

 もちろん「刺客」というだけでなく柳生烈堂一族との確執もあるのだろうから,ただの「殺し屋稼業」ではないのだろうが,同じようなプロットとして「殺し屋でスナイパー」を主人公とした劇画で現在では作も作画も"さうとうたかお"氏となっているが,元々の発案者は小池一夫氏で彼の原作である「ゴルゴ13」がある。

 かつて,「水滸伝」を読んだときも,確かに究極的な目的はあるのだろうが,優秀な人材を仲間に入れるために,彼の家族が邪魔なので手段を選ばず彼の家族全員を焼き討ちなどで惨殺するという話も随所に在ったので,これはどういう哲学なのだろうか?と疑問に思ったこともありました。

 これとは少しく違うのでしょうが,小池一夫氏の思想背景もまた私にはミステリーですね。。。

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2008年9月19日 (金)

人を愛するということ

 また,ヒマだからくだらないことを考えたりしました。「小人閑居して不善をなす」とかよく言われますが,私など凡人なのであまりヒマだとオナニーでもするという意味でしょうか。。当らずといえども,ですね。

 実践的に人を愛したことも愛されたこともほとんどないくせに,表題のようなことを考えたりするのは,やはり閑人だからでしょうね。

 まあ,人を愛するとはいっても同一性障害などがない普通の場合の異性を愛することについて考えたのですが,愛には昔から大きく分けて「神のような愛(あるいは肉親の愛)=アガペー」と,「恋愛に属するもの=エロス」の2種類に大別できるという考え方があると思います。

 本当に2種類でいいんでしょうかね?

 私の場合,相手が肉親と異なる恋愛対象の異性でも,実際の交際経験でも何故かエロスではなくてアガペーに似たようなものしか感じたことがないなあ!!と思って,ずいぶん物足りない感じがあります。

 エロス的に人を愛するというのは,相手が育ちが良くて上品だからとか,頭が良くて尊敬できるとか,あるいはセンスがいいとか運動能力や行動力が優れている仕事ができる金持ちだからとかの優越性に対するあこがれとか,

 または,変態性なので,これらと全く逆の性質だから好きだ。とかいうように,具体的に挙げられるような理由があって愛するというようなものではないと常に思っています。

 もしも,あこがれとか尊敬とかの理由で愛していると思うのであれば,私的にはそれは勘違いではないか。。と思います。

 もっとも,それがエロスに発展することは大いにあるでしょうが。。。

 あるいは,それらの属性に容姿,人格も含めた総体から愛情が湧いたとしてもその愛は,神に対する愛のようなもの=アガペーであると思います。

  エロスというのは,むしろ若いときにはありがちな一目惚れに近いもので理由は後付けであって,好き嫌いの感情に理由や打算があるようなものは全てアガペーであってエロスではないと概念規定したくなります。

 まあ,人間も含めた"動物の種族保存本能"に根ざしたものがエロスであると規定されると思うので,損得勘定も入った個人の優劣性が理由で湧いた愛情もエロスではないか?と言われるとちょっと違うのじゃないか?と考えますが,その可能性も完全に否定はできませんがね。。。

 結局,異性間にも適度なアガペーと適度なエロスの両方があるのが幸福ではないかと思います。

 私?私はエロスだけあればいいのですが,何故か周りにありそうなのはアガペーだらけで,まあ無いよりはましですがエロスと勘違いしそうですね。。。

 しかし,なぜ頭でっかちにエロスだのアガペーだのと厳密には線引きもできない既存の概念に振り回されているのだろう。。

 そんなの考えずに単に動物的に行動すればいいだけだろうに。。

 でも思ったとおりにやると,私の場合は手が後に回っちゃうかも。。。

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2008年6月18日 (水)

インモラルと人間の解放(再掲記事)

 このブログを始めた2006年の3月の終わりには,ブログを開始したばかりで少し張り切っていたこともありますが,2歳だけど今より若く,心臓手術を受けて障がい者のはしくれになった今とは違って普通に仕事もできていました。

 そのころの考え方を振り返ってみて,まあ2年しかたってないので当たり前でしょうが,今もほとんど心境は同じです。

 裏を返せば何の成長も進化もないわけですが,たまには手抜きをして過去の代表的な記事をそのまま再掲してみようと思います。

 以下,2006年3月24日の記事「インモラルと人間の解放」の再掲です。

 今日は,人間の解放とか倫理,モラルなどについて書きたい放題に書こうかなと思います。

 私が大嫌いな価値観(言葉)のひとつにモラルというものがあります。私自身はこのことに関連しては,自分は反社会的人間ではなく非社会的人間であると思っています。

 思えば,自分は,ものごころついてから高校卒業まで,あるいは浪人までは,子供であったせいもありますが,現状の社会の価値観を意識的にも無意識的にも自動的に受け入れ,自慢ですが体育の実技以外のペーパーテストでは,いつも成績トップクラスでした。

 そして,当時ではそういう子供がやるのが当然の学級委員などを毎回やる,世間でいわゆるところの優等生であり,性格なのかわかりませんが無口でもあったため,「おとなしいいい子ね。」とほめられて喜ぶ今思えば「やな奴」でした。

 たまたま,大学入学前後の時代が東大安田講堂攻防戦などもあって,大学に入っても学内は封鎖中であったり,スト決行中であったりして,学生運動や当時の学生の流行でもあったマルキシズムの洗礼を受けたのが結果的には現在の「価値観=思想」の形成を決定づけた主要な原因になったと思います。

 まあ,時代のイデオロギーや環境にあまり影響を受けず自分を貫くような人もいるだろうことは否定はできませんが,私自身はモロに影響を受けました。そもそも唯物論を示す有名な言葉「存在が意識を規定する」とマルクス自身が言っているではありませんか。

 「国際勝共連合=統一教会」の歌に「人は決して物じゃないトコトットット云々」というのがあったと思いますが,唯物論は決して物質(至上)主義ではありません。

 極端な話,ユングやフロイトなどにはじまる心理学ですら,「ア・プリオリ(先験的)な意識があって,存在(あり方)を規定している。」とするわけではなく,「彼にそういう心理が生じたのは,実は何らかの"原因=事件"があったからである。」ということを追求する学問であると思っていますが,それは科学であるし近代的な唯物論そのものですよね。

  ともかく,そうした運動にまきこまれた結果,無口な性格,優等生的価値観はガタガタとくずれていきました。

 今ではそれでよかったと思います,後悔はしていません。むしろ,そのまま上を向いて生きていったとしたら,と思うとゾッとします。

 無口ではなく,しゃべること,自慢もふくめて自己主張することは決して悪いことではない,純粋にアメリカ的個人主義というわけではないけれど,どんどんしゃべるようになりました。

 そう,今は,むしろ,おしゃべりですね。自分としては耳が悪いわけではなくて「聞かれて困るようなことなんか何もないから声が大きいんだ,コソコソ小声でやってたら,むしろ陰口でも言ってるのじゃないかと思われるじゃないか。」というのが口癖になりました。

 もっとも,スパイだの秘密諜報員だのをやってるんだったら,おしゃべりだの声が大きいだのは,それこそ聞かれると困るわけですから駄目なんですけどね。それに「口外しないでくれ」と頼まれれば,もちろん,しゃべりません。

 TPOはあります。学生運動,社会運動などでも官憲に聞かれて困ることは多いので,やはり,のべつまくなしにしゃべるのはどうかなと少し反省することもありました。

 まあ,そのほかにも,余談ですが同じ下宿にいた人でT大の理系を1年で中退して私の入っていた大学の哲学科に入学し直したという奥野さん,という変人の先輩と仲良くなり卒業してからもつきあっていて,しゃべるとか自己主張する,とかいう意味ではずいぶん,影響を受け,お世話にもなりました。

 今は会いたいけれど,どこでどうしているか知らないし,音信不通です。

  「沈黙は金なり」,「口は災いのもと」,「無口なのが男らしい」(「男は黙って○○ビール」)などというのは,そればかりではないですが,すべて当時の権力者,為政者が,庶民には忍従していてもらいたい,何か批判や主張を声高に演説などされてはたまらない,ということの現われだと思っています。

 西洋ではキリスト教などの,忍従してなんでも甘受する宗教がローマ帝国以来保護,優遇されていったのもそういうことでしょう。

 ニーチェの「道徳の系譜」ではないですが,その時代の支配的イデオロギーはその時代の為政者に都合のいいものが淘汰されて残り流行していく,というわけですね。

 もっとも,自分はニーチェの「英雄道徳」ではなくてショーペンハウアーの「同情道徳」のほうが好きですが。。。

  同情とか慈善とかいうと「上に立っている,見下している」,「慈善=偽善」ということだからやらないほうがいい,卑近な話,電車の中で老人などがすわっている席の前に立っていても席を譲ってあげるのは偽善だ,「席を譲るという行為で快感を感じたと同時に,既に報いを受けている。」と思っていました。

 若い頃は敢えてそうした行為をした直後にも,その頃の若さに特有な恥ずかしさと同時に後ろめたさをも感じていたものでした。

 しかし,今となっては,「たとえ偽善でもそれは偽善という名前の善には違いない,やらないよりまし」と思うようになりました。

 金持ちのはした金,あるいは売名行為とも思える庶民には多額の寄付金と,子供などがコツコツと貯金した金をふんだくる某テレビ局などの「慈善」とを,比べて,子供の寄付金のほうが多額の慈善より上だ,なんて思っても,現実の話,受ける側にとっては多額のほうがいいに決まっているのですよねえ。悲しい。。。

  いずれにしても,そうしたことも含めて,「上を向いていく=上昇志向する,出世したい,金持ちになりたい,名誉が欲しい」という生き方を否定し,「下を向いていく、下には下がある,世界には飢え死にしそうな人たち,先進国のエゴのために,戦場と化し悲惨な状況にある人を見て,微々たる力でもたまたま帝国主義本国に生まれてきたという理由だけで,幸福を享受している我が身を役立てたられたらいいな。」という生き方をめざすようになったわけです。

 私は,過去にやったことを"若気の至り"とかいって言い訳はしません。

 それはともかく,善悪というのは普遍的倫理でも何でもなく単なる一つの相対的な価値観に過ぎないですから,ときたま「性善説」とか「性悪説」などという言葉を説明用の術語ではなく真面目に論じている大人がいたりすると,本気で言ってるのか,と首をかしげることが多いです。

 善悪というのはイデオロギーであり,国によっても地域によっても,時代によっても違うものです。極端な話,人殺しは絶対悪かというと,戦場では敵である人をたくさん殺すと英雄になったりもするし,肉親を惨殺された人が報復として殺すことが本当に悪なんでしょうか。

 ただ,私自身,愛するものを理不尽に殺されたりしたことがないのでこれらのことは他人事ではありますが,権力によって代わって報復してもらうのは正直言ってイヤですね。私であれば自分でカタキをうちたいです。

 「ペストなどの疫病が流行ったり,戦争が起こったり,ホモ,レズが増えたりするのは,人が多くなりすぎて地球全体の生態系がこわれるのを防ぐ,"神の摂理"が働いている。」のだとすると,せいぜい法律とそれを支える罰則とか,"拘束力=暴力装置"としての国家だとか,による善悪の判断などは,結局,人間のサル知恵で考える相対的なものでしかないでしょう。

  これで,表題のモラルという話に戻るわけですが,どこかの教授ではないですけど「下半身には人格がない」ですね.

のぞきとか盗撮とか痴漢とかもあるわけですが,私自身も変態なのでそうした欲望はあります。写真とかビデオとかでそういうものを見て楽しんでもいますが,話によると実行したほうがより大きい快楽が得られるそうです。

 まあ,おそらく実行することはないと思いますが,実行した人がつかまって,家宅捜索でいろいろな変態的写真などが見つかって社会的に非難されていることがよくあります。

 しかし,そもそもそうしたものを個人で楽しむ分には何を言われる覚えもないでしょう。

 のぞき,盗撮にしても,それを受けた当人が気づかなくて社会的影響などの意味も含めて実害を全くこうむらないのであればアリだと思います。

 昔,感動を受けた題名には平岡正明 著の「すべての犯罪は革命的である」というのがありました。「造反有理」に通じるものを感じたからかもしれません。

 そもそも,人間はサルの一種なんです,真に解放されるには毛皮がないサルにはむずかしいけど,衣服を脱ぐ必要があります。

 変態の私は最高に解放されるということは男ですから最高に勃起する,最高の射精をする,ということでもあります。もっとも,歳のせいか,弱くて困ります。

 ところで,ある人に「俺はプライドなんか持ってない」と言ったら,「プライドのない人間なんかいるはずがない」と言われました。

 「そりゃそうだな,俺はプライドなんか持ってないというプライドをちゃんと持っているんだ。」ということに気づきました。。。。

 ということで脱線しそうだからやめますが,ライヒではないですが「インモラルは解放への最大の道だ」と断言して終わります。(再掲記事終わり)

 まあ,今思うと,現時点で刹那的に最大の快楽を得ることが私にとって最良であること,早く言えば,もちろん将来まで続いていけばいいのは当たり前ですが,先のことなど関係なく今さえ良ければいい=「いいじゃないの今が良けりゃ(←盗作?)」という生き方の方がいいと述べているだけです。

 先々の栄冠(=快楽?)に目標を定めるなどして,ストイックにコツコツと忍耐努力するような生き方よりも動物としての生態にマッチしていていいだろうという,社会的モラルからはずれているだろうことを述べているのです。

 しかし,このこと自体は最初に書いた上昇志向性を捨てることや同情道徳が好きであるという思想とは矛盾しています。

 当時も気付いていましたが,私は別に意識しなくても,自分の実存と社会性の矛盾した面を承知の上で使い分けるという,ある意味では二枚舌を使う姿勢を既に肯定してしまって開き直るような人間になっています。

 ところで,モラルというのは政治を行なおうとする側の発想であって,現状の秩序をこわすような争いを避けようとするものです。

 そこで,少なくとも精神的意味では人間は悟性である,あるいは理性そのものであることを求めるのですね。

 人間の動物ではない部分を強調しようとするあまり,感性的なもの,赤ん坊の頃には誰しもがそればかりで,それ故,むしろ若者に属する部分である人間の動物的な部分,本能に属する部分を顕わにすることを極端に恥かしいと感じて無理に隠そうとするような規範を与えるものをモラルと呼ぶのであろうと思います。

  そして,私の求める「人間の解放=幸福」は,動物であることを恥ずかしいなどとは思わず,個々人が感じるままに動物として忠実に生きていけること,ある意味で赤ん坊に回帰することを意味しているので,モラルに反するのは当然ですね。

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2007年11月 7日 (水)

Re.学問をするという贅沢

 今日も手抜きというかちょっと変わった試みでお茶を濁したいと思います。

 前記事「学問をするという贅沢」というのは,盛り上がっているところには必ず水を差したい,あるいはベストセラーとか人気のあるものに対しては批判したい,という私自身の天邪鬼的な性格ゆえに,最初から皮肉を込めた内容ですが,実は私個人の問題としては,結構重たい話題です。

 しかし,他の当事者にとっては片腹痛いという程度の話に過ぎないと思われるので,この記事にコメントが付くことはあまり期待していませんでした。

 しかし,今日11/7になって,錚々たる面子のお二人にコメントを頂きました。

 ブログ記事へのコメントは,ブログは個人的な日記であって掲示板ではないということもあり,通常はアフィリエイト広告よりも下に申し訳程度に表示欄があって,気付かない人は通り過ぎてしまうような目立たないものですが,個人のブログだからといってコメントを拒否するはずもなく,私の場合は,むしろ歓迎しているつもりです。

 過去にも病気のお見舞いコメントや,結構貴重なご意見とそれに対する興味深いと思われるレスポンスが多々ありますが,私自身がただニフティのココログのテンプレートの形式に従って表示しているだけなので,コメントを目立たせるすべをよく知りません。

 そこで今回に限りブログの宣伝も兼ねて,コメントを本文として表示し,それに対する私の返答を記入してブログ記事にしてみました。要するに面倒臭いからという手抜きの1つです。

 まず,わか様のコメントです。

 ※ 当時のスオペです。

 あの頃からTOSHIさんには色々教えていただいていましたが,フォーラム運営の協力をお願いする気には全くならなかった理由がわかった気がします。

 当時は漠然とTOSHIさんは運営側に立つのが似合わないなぁ;と思っていましたが,そういう考えだったのをなんとなく感じ取っていたのかも知れません。※  

 私=TOSHIの返答をコメント形式で書きます。

 ども,わかさん,というより親しみをこめてBLIZZARDさん,

 こんにちは。TOSHIです。コメントありがとうございます。

 別に個人攻撃をするつもりはなくて単に当時のサロン的雰囲気全体について述べたつもりでしたが,結果的に責任者としてのシスオペへの個人攻撃になったとしたらごめんなさい。

 生意気なことを言えば,当時はBLIZZAEDさんにとっては,いわゆるひよこから脱皮するような時期だったと思いますが,今や趣味ではなく学問することが専門の仕事になっておられるのでそれを攻撃することはできません。

 自分の得意な分野を生かして,それを職業とすることまで批判するならば,スポーツ分野ですがイチロー,松坂,や中村俊輔など得意な才能を生かして活躍する人たちをも贅沢だと批判することになります。

 後のコメントで明男さんが述べておられるように,私の批判の対象になるか否かは例えば傲慢な雰囲気があるかどうか,というような非常にわずかな差の部分です。本人が気がつかないならそれで済むことでもあります。

 上述のような精神的な面とは別の側面ですが,例えばメジャーリーグに入った松坂のように100億前後という法外なと見える報酬を受けているとかの個々のケースの不公平感を批判しようと思ったことはありません。

 そうしたことを批判し否定するつもりなら,むしろ資本主義構造そのものを否定すべきです。

 そういう意味では,確かに私はそうした構造に対して否定的に考える思想の持ち主ではありますが,別に松坂らの個々人はそうしたスポーツのある分野の世界ではほぼ頂点のレベルにいるわけですし,不公平感を感じるとしてもそれは別段彼ら個々人の責任ではないと思います。

 日本のプロ野球人に限るならば2軍選手等も含めて,それで食べている人たちの総数で総収入を等分配すれば,日本人の平均的収入とオーダー的に比較できる程度だと思います。

 BLIZZARDさんも剣道をやっておられるからご存知でしょうが,私も高校時代は履修科目の勉強どころではなく,年間に4日の練習休みを除いては夏休みも日曜祝日も関係なく,当時はマイナーなスポーツでしたが人口だけは多い卓球に本格的に没頭して精進しているつもりでしたが,それでも高校の県大会においてさえトップグループには程遠い存在でした。

 それはそうでしょう。

 卓球部に属する高校生の皆がそうした努力をしていて,才能もバラバラです。

 種類は違ってもスポーツで頂点のレベルに達するには,もちろんそれに没頭できる家庭の金銭的余裕も必要でしょうが,お金では推し量れない才能+努力を必要とするはずです。

 まあ,そうした経験があるからこそ,スポーツの日本代表が国際大会で成績が不甲斐ないと感じても大して批判しようという気にはならず,彼らに対する見方は比較的甘くなってしまうようです。

 そもそも日本代表になることなどは,自分では想像もできないレベルの世界なのですから。。。

 脱線してしまいましたが,学問の世界でも,その道の専門家になるには,それに到るプロセスにおいて教育機関などに支払う費用ともちろん本人の並々ならぬ才能+努力に負うところが大きいわけです。

 それ故,一般的意味ではトップに立つまでの犠牲を考えると,単純に収入が多いことについてやっかむ必要はないと思われます。

 ただ,自分自身の好き嫌いの問題で言うなら,今だから言えることかも知れませんが,はるか遠くに目標を立てて,それに到達するために長い間ストイックな努力をする,という恐らく人間特有の生き方よりも,遠くの目標につながる場合もあって重なる部分もあるでしょうが,今現在を精一杯に生きるという刹那的な生き方の方に共感を覚えます。

 もっとも,これまでの私自身の生き方は,後者ではなく,残念ながら前者=「アリさんの生き方」の比重が大きいものでしたが。。。。

 ずいぶんと脱線して,例によって自己顕示欲だけのために自分の性格分析を書くというイヤらしい部分がそこかしこに出てしまいます。

 まあ,要するに盛り上がっているところには水を差したい,そしてある団体に属したとしても,主流派と反主流派があって双方の性格にあまり差がないようなときには,好んで反主流派に付くという,もって生まれたような反主流意識があるのかもしれません。

 もっとも酒の席では盛り上がる邪魔はしませんし,むしろ静かなら,宴会屋と化してしまいますが。。。

 では,いずれまたお会いしましょう。かつて飲み会で会ったときには面と向かって意見を交わすような機会がなく,こうした場でことさらに批判的なことを申してすみません。

 落ちこぼれの負け惜しみかな? 

                               TOSHI

 次に明男さんのコメントです。

 ※失礼でなければいいのですが,やはり「孤高の人」だなあと思います。

 誰しも人に嫌われたくない.良く思われたいと思うことは自然で,何も恥じることではないと思うのですが,媚びることとの僅かな差が許せないのだと思います。

 学問に没頭するという事は一面では,学問に逃避することと同じかも知れません。

 昔風に言えば,「女房子どもを質に置いても」自分の信じる道を行く芸人みたいなもので,一方では尊敬され,一方では生活破綻者の烙印です。

 子どもの頃,「末は博士か大臣か」という言葉がありましたよね。

 名誉や地位は無条件に目指す価値のあるものと教えられ,疑問を持つことがなければ,単純であったのかも知れません。しかし,人生はそう容易いものではなかったことは,この年になると分かります。

 結局,この短い人生に何を選択して生きるのかは,自由ではなく,大きな制限(業かも知れない)の中で足掻くしかないのでしょうね。せめて,好きなように「足掻かせてよ」と言いたくなります(笑)。 ※

 そして私=TOSHIの返答のコメントです。

 ども明男さん,TOSHIです。コメントありがとうございます。

 つい夢中になって明男さんに対するコメントまでも,わかさんに対する返答の中にほとんど書いてしまったような気がします。

 確かに「末は博士か大臣か」というのは,TVの水戸黄門や暴れん坊将軍のように完全に善悪の黒白がはっきりしていると思っていたガキのころ=昔の感覚かもしれません。

 いつも思うのですが,私こそ失礼かなとは思いますが,明男さんは結構私と似た性格であるのは事実ではないかと思います。

 だからこそ私の記事の微妙な部分も察してもらえるのだと思っています。

 しかしいつも好意的なご意見ばかりなので,天邪鬼の私は逆に批判的なご意見も期待してしまうのですが,それこそ贅沢なんでしょうか。。

 わかさんと同じくいつかお会いしたいですね。  

                                  TOSHI

 これを書いている最中にもhirotaさんとはっしー帝国さんからコメントを頂きました。

 まず,hirotaさんのコメントです。

 ※私の場合は,科学は SFと同じで「こんな面白いことがある」と言いたいのが興味の理由なので,「おたく」としていやがられるのが大きいだろうと思っています。

 それでも「トンデモ」に行かないのは,トンデモはワンパターンになってツマらない,が理由)

 DHNOネタは特に面白くは感じなかったし,何度も聞くとウザイと思ったりしますが,「水酸化ヒドロニウム(今なら水酸化オキソニウムで,やっぱり水のこと,DHMO より前です)」がどうとか言ってた私には批判する資格がありません。※

 続いて,はっしー帝国さんのコメントです。

 ※TOSHIさんが心臓の病気で入院したとき,私も仕事の過労から頻脈発作と不整脈で苦しんでいて,仕事を辞めたばかりでした。

 原因は自律神経の失調だったので半年近くなろうとしている今は元気ですが,仕事は失業中のままです。

 私は,嘱託の外注のプログラマーなので納期,納期で忙しく深夜まで働いていたので何も考えなくて良かったのですが,現在,家計を切り詰め,不安の精神状態のまま自由人でいると,フィロソフィーも考えるし,物理の知らない計算の分野にも挑戦したり,「あれか,これか」実存主義者になったり鬱になったり躁になったり。。。

 TOSHIさんのこの記事を読んでシンクロしているなぁと思いました。

 あ!TOSHIさんの思ってることとは違っていました。

 でも何か何処かで共感します。 ※

 いつもなら,後のお二人にも個々にコメントするのですが今日はもう書きたいことは十分に尽くしたし,おそらく個人的なあいさつを除いては付け加える必要もないと思うのでこれで終わりにします。

 ただ,hirotaさんは私からみるとSFファンに例えるなら,かなりハードな人ですし,私のような変態オヤジにとってはほめ言葉である「おたく」としてもすごい人だと思います。

 また,はっしー帝国さんんもお体をご自愛ください。

 私も親切な方にネットショップの店長にして頂いていますが事実上は失業中です。                              TOSHI

 hirotaさんじゃないけど共感する意見ばかりだと拍子抜けします。

 たとえば陰口,悪口を平気で言うという文章なんかには,当然反論があることを期待して,予めそれに対しては,例えばあなたは聖人君子か,それとも神様か?と追求するような用意があったのですが,そうした私的な罠(と思っている)には誰もかかりませんね。

 書き忘れていましたが,クイズや試験が嫌いな理由も述べておきます。

 そもそもTV番組などのクイズや試験ならまだ許せますが,考え過ぎかもしれないけど既に正解を知っている誰かがいて,解答者を試して腹の中ではほくそえみながら他人に質問するというクイズとか試験などは私は嫌いです。

 先日もどこかのTV番組で有名なオランダのフェルメールの「牛乳をそそぐ女]という絵画について,どこがポイントか?というようなクイズをやってました。

 こんなのは正解などはないわけで見た人がどこをポイントと感じるかは自由ですからクイズにもならないと思います。これなんかはどうかしてますね。

 まあ,ちょっと見て,子供の頃大原美術館で見たエル・グレコの「受胎告知」のマリアのスカートの赤と同じく,スカートの青,というか色使いには感激しましたが,そんなのは自由ですよね。

 脱線しそうなので本当に終わります。

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2007年11月 6日 (火)

学問するという贅沢

 物理学とか数学とか,あるいは文科系の学問でもいいのですが,こうしたことを面前で論じるのは,私も含めて単なる趣味ではあるのですが,ある意味でインテリ臭がふんぷんと薫ってイヤらしいと感じることが多々あります。

 まあ,これらは小市民(プチブルジョア)的な趣味であり,日々の生活の糧を得るのにも困窮している人民達にとっては,まことに贅沢な趣味ですからイヤらしさを感じるのも無理はないかもしれません。

 要するに,私がかつてや今もサブマネージャーをやっているニフティやfolomyの物理フォーラム,あるいはこの私のブログでさえも,ある意味で知的なことを売り物にしているわけです。

 もしも薀蓄を語るということにのみに意味を見出すなら,質問やコメントに答える際にも,「いかにも俺は知識階級だぞ」とか「何でも知ってるんだぞ」というような感じで,「頭がいいんだとか,知識があるんだ。」とか,というイヤらしくて馬鹿な優越感を感じることに意味を見出していることに通じ,そのためにフォーラムやブログなどを運営しているという自分を感じ恥ずかしくなってしまうことがよくあります。

 かつて,パソコン通信時代のニフティの物理フォーラムで当時のシスオペも含めて「DHMOの恐怖」などというパロディがはやったことがあります。何のことはないDHMOとは"di Hydrogen mono Oxide=2水化酸素",つまり水のことです.。

 これを"もの知り"を標榜するフォーラムの会員の各面々が,例えば「人はDHMO中毒でDHMOが不足すると禁断症状」云々と,サロン的に面白おかしく論じて笑い話として掲示板を賑わしていたわけですが,当時私自身はスタッフではないこともあって傍観していました。

 しかし,さすがに少し不快だったので,私は参加することはしませんでしたが,ごく内輪で内部的に楽しんでいるだけのことですし,快不快も個人の価値観に属することなので別段どうでもいいことではあります。

 また,彼らとはネットの上でしか会ったことがないとはいえ,チャットも含めて既にかなり親密な関係になっていると私自身感じていたので,そのときは批判を述べたい気持ちを我慢していました。

 後年ホームページの時代になってから,というよりつい最近のことですが「物理のかぎしっぽ」なるところをのぞいてみると,同じく,DHMOが話題になっていて,さすがに1回だけ批判のコメントを書いたことがあるのですが,何の反響もありませんでした。

 まあ,私憤の部類に入ることであり,何を怒っているのか理解できないかもしれないので,自分でもどうでもいいかな,とは思いますが。。。

 かつてのフォーラムでは,ときどき物理学に関連した問題を出して模範的な解答を求めるということで,掲示板を盛り立てるという試行もありましたが,それにもめったに参加しませんでした。

 昨今のTV番組でも出演者を試す,試験のようなものがはやっているようですが,私はどうも好きになれません。

 クイズとか試験のようなものは,それを誰かから受けることも,そして教師のバイトをしていたときにも誰かを試験することも大嫌いですから。。。。

 どうも,この種のフォーラムのスタッフとしてはフォーラムの存在理由自体にも疑問を持ち,何の活動もしない私のような者は適任ではないかも知れないとは常々思っています。

 自慢だけど,私は自分には厳しいけど他人には甘すぎるくらい甘い人間です。とはいっても,もちろん他人の陰口,悪口を言うのは本能的に好きですが,面と向かった批判はめったに口にしません。

 特に,いわゆる「近頃の若い者は。。」と自分より若い世代を批判するのは,亀田親子は極端な例ですが,子供のやったことの半分くらいは親に責任があると思っているので,実は半分以上自分を批判していることになると思うこともあって,実はやりたいのですが普通はやりません。

 今日は少しイライラした気分だったので,自分の好きな趣味を楽しむことでさえ自分の思想的側面との矛盾を感じるストレスがあること,自己の「実存(生きがい)」と自己が人類という種族保存の本能を持った生き物に属するという「社会性に根ざした思想的背景」とのギャップについて,常日頃感じている個人的な愚痴などを書きました。

 まあ,「思想的には平和主義者だけれど,軍人が生きがいで戦争や武器が趣味だ。」というほどのギャップはないのですから,まだましでしょうかね。。。

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2007年10月20日 (土)

反文明についての雑感

 ここ1年くらい,ブログネタを考えるのが面倒臭いという理由で,しかも人間関係のストレスがないというわけで,息抜きに自然科学ネタばかり書いていますが,だんだんどちらが息抜きなのかわからなくなってきています。

 ちょっと前に,飲み屋ではちょくちょく会うので飲み友達というのでしょうか,かつては学校の先生をしていた既に還暦を3つくらい過ぎていると思われる熊さんという博学な人と歓談していましたが,私がパソコン関連の話をすると,彼から「TOSHIさんにはパソコンというのはあるのが前提の話なんでしょうが。。」という話が出掛かって,酒を飲みながらだったので,すぐに脱線してそうした話題は立ち消えになりました。

 そのときも一瞬感じましたが,後で考えて「ああ,この人にもタブーというものがあるのだなあ」と思ってしまいました。

 もちろん,プライドとかいうものもそうですが,私も含めて程度の差はあれ,万人にタブーというものはあるでしょう。

 彼の言いたかったことを邪推すると,私流の陳腐な表現では,恐らくパソコンというのは所詮機械であって人間の血が通ってない云々,という話ではないかと思います。

 しかし,私だって無批判にパソコンも含めた文明,特に機械文明を受け入れているというわけではないです。

 しかし,既に文明の庇護がなければ,数時間か数日のうちに死んでしまうような実体と化してしまっています。

 今年4月に,私自身が受けた心臓の手術にしたって,もしも輸血を認めない「エホバの商人」の言うとおりにしていたら,手術不可能で恐らく命が1年も持たないわけです。

 日ごろ,いくら偉そうなことを言って威張っていても,例えば今と比べて何の文明の利器もないだろう西部開拓時代のアメリカのゴーストタウンに近い鄙びた街にいきなり一人でタイムスリップして放り出されたなら,夜の暗闇が恐ろしくてガタガタと震えだすに違いないでしょう。

 そうした状況なら,日頃は自分が忌み嫌っている権力(例えば「おまわりさん」という顔をした警察権力など)ではあるけれど,文明社会では,自己の権力への服従の代償として,生きるために必要な大きな庇護をこうむっていて,一人で文明を否定して生きるということの厳しさ,を改めて痛感するに違いない,とか思ってしまいます。

 だからと言って,文明を肯定するわけではないけれど,極端な話,私も含めて地球にとって最大の害虫である人間の所業をもし認めないというのであれば,パソコンなどという害毒のほんの一端だけの拒否反応ではなくて,車,エアコン,テレビなどを含む機械文明全体を否定する生き方,例えばヤマギシズムなどがどの程度徹底しているのか知らないけど,そうした生き方を覚悟しなければならないでしょう。

 開き直りかもしれないけど,徹底するのでなければ,自己の害虫としての存在を肯定し,害虫とか益虫とかいう価値観の外で,あるがままに生きるしかないと考えています。

 ある意味では文明に対しては,どっぷりつかっていて,いちいちタブーなど感じないマヒした頭になっている自分を否定して,自殺もできないチキンに成り下がっています。

 要するに,私自身がそうしたモラル一般に対して,はっきりとした主張がなく,他人の価値観を否定したり笑ったりできるわけではないので,まあ,そのー,いわゆる1つの雑感です。

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