恋愛

2008年9月19日 (金)

人を愛するということ

 また,ヒマだからくだらないことを考えたりしました。「小人閑居して不善をなす」とかよく言われますが,私など凡人なのであまりヒマだとオナニーでもするという意味でしょうか。。当らずといえども,ですね。

 実践的に人を愛したことも愛されたこともほとんどないくせに,表題のようなことを考えたりするのは,やはり閑人だからでしょうね。

 まあ,人を愛するとはいっても同一性障害などがない普通の場合の異性を愛することについて考えたのですが,愛には昔から大きく分けて「神のような愛(あるいは肉親の愛)=アガペー」と,「恋愛に属するもの=エロス」の2種類に大別できるという考え方があると思います。

 本当に2種類でいいんでしょうかね?

 私の場合,相手が肉親と異なる恋愛対象の異性でも,実際の交際経験でも何故かエロスではなくてアガペーに似たようなものしか感じたことがないなあ!!と思って,ずいぶん物足りない感じがあります。

 エロス的に人を愛するというのは,相手が育ちが良くて上品だからとか,頭が良くて尊敬できるとか,あるいはセンスがいいとか運動能力や行動力が優れている仕事ができる金持ちだからとかの優越性に対するあこがれとか,

 または,変態性なので,これらと全く逆の性質だから好きだ。とかいうように,具体的に挙げられるような理由があって愛するというようなものではないと常に思っています。

 もしも,あこがれとか尊敬とかの理由で愛していると思うのであれば,私的にはそれは勘違いではないか。。と思います。

 もっとも,それがエロスに発展することは大いにあるでしょうが。。。

 あるいは,それらの属性に容姿,人格も含めた総体から愛情が湧いたとしてもその愛は,神に対する愛のようなもの=アガペーであると思います。

  エロスというのは,むしろ若いときにはありがちな一目惚れに近いもので理由は後付けであって,好き嫌いの感情に理由や打算があるようなものは全てアガペーであってエロスではないと概念規定したくなります。

 まあ,人間も含めた"動物の種族保存本能"に根ざしたものがエロスであると規定されると思うので,損得勘定も入った個人の優劣性が理由で湧いた愛情もエロスではないか?と言われるとちょっと違うのじゃないか?と考えますが,その可能性も完全に否定はできませんがね。。。

 結局,異性間にも適度なアガペーと適度なエロスの両方があるのが幸福ではないかと思います。

 私?私はエロスだけあればいいのですが,何故か周りにありそうなのはアガペーだらけで,まあ無いよりはましですがエロスと勘違いしそうですね。。。

 しかし,なぜ頭でっかちにエロスだのアガペーだのと厳密には線引きもできない既存の概念に振り回されているのだろう。。

 そんなの考えずに単に動物的に行動すればいいだけだろうに。。

 でも思ったとおりにやると,私の場合は手が後に回っちゃうかも。。。

 緊急告知!! Attention!! [広告宣伝]です。

http://www.rakuten.co.jp/trs-kenko-land/  健康商品の店「TRS健康ランド」- SCS(食品洗浄剤),黒ウコン,酒の帝王,鵜鶏王などの専売店  ←この店は私TOSHIが店長をしています。(楽天ショップです。TRSのTはTOSHIのTです。)

 「TRS健康ランド」では2008年1月10日よりお徳用SCS500mlを新発売!!当店の専売です。

 そこのお酒のみの方,いろいろと飲食の機会の増えたあなた,悪酔いを防止すると言われているウコンがいいですよ!! そして特に今回提供する沖縄原産の純粋な黒ウコンは当店が専売の新製品ですが古くから沖縄地方ではいわゆる男性の力に効果があると言われています。

 おやおや,そこの静電気バチバチの人、いいものありますよ。。。

 それから農薬を落とした後の皮がピカピカに光っているリンゴなど商品として販売する際の見栄えをよくするなどのために化学処理をした食品を安全に洗浄する新商品の洗浄液SCSはいかがですか。。。

http://www.mediator.co.jp/category/pages.php?id=115「中古パソコン!メディエーター巣鴨店」

http://folomy.jp/heart/「folomy 物理フォーラム」サブマネージャーです。 

人気blogランキングへ ← クリックして投票してください。(1クリック=1投票です。1人1日1投票しかできません。クリックすると人気blogランキングに跳びます。)

にほんブログ村 科学ブログへ にほんブログ村 科学ブログ 物理学へクリックして投票してください。(ブログ村科学ブログランキング投票です。1クリック=1投票です。1人1日1投票しかできません。クリックするとブログ村の人気ランキング一覧のホ-ムページームに跳びます。)icon

 

ブックオフオンライン 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年9月14日 (日)

好美(よしみ)チャンの思い出

 私の人生は,今の自分を肯定するなら失敗も含めた総体がそれですから,これが成功,これが失敗と分類して"ああすればよかったのに"と後悔や反省をすることはほとんどありません。

 いわゆる”タラレバ"ですから,その状況でそう判断して行動した,あるいは不可抗力によってそうせざるを得なかったという岐路でのTPOもまた多世界のうちの1つの選択にしか過ぎないわけです。

 しかし,恥ずかしいことですが,,若い頃は男であるから程度の差はあれ,ある意味仕方ないことなのでしょうが,女性に対して何故かコンプレックスがあるため極度に女好きであるということを,ひたすら理性的な仮面で隠そうとしていたことが私の思春期以降ほぼ30年間にわたる抑うつ性の精神的な病気の主たる原因でしょう。

 そして自分が傷つきたくないために,まともな恋愛ができなかったというのは,やはり,この歳では取り返しのつかないことなので後悔,反省の対象とせざるを得ません。

 確かに他人に打ち明けても未だに冗談だと思われることが多いですが,かつては今よりもずっと自覚症状のある精神の病持ちであるということが負い目だったために遠慮したこともあったと思いますが。。

 私は東京で就職して最初の会社に入社したときには既に27歳でしたから同期入社の新人は男子は私を含めて8名で年齢はいろいろでしたが最大で5歳年下,女子は7名で1名の大卒を除き短大卒なので7歳も年下でした。

 しかし,私の精神年齢は幼いので別にギャップも感じず,若い女性は大好きなので同期会などを開くと結構楽しかったです。

 そして余暇では会社の卓球部と将棋部で遊んでいました。特に卓球部は合宿と称して,近場を中心にしょっちゅう旅行していました。

 私は本社勤務でしたが部員は男は本社社員中心で女子は比較的ストレスがたまりやすいと思われる事業所のエントリー係に配属された同期と後輩がほとんどでした。

 今考えると,週に1回の後楽園を中心とした練習と,季節ごとの旅行は,毎回合コンをやっているのと同じ状況でした。

 実際その中から何組もカップルが生まれ,社内結婚したものも数組います。

 私の場合,同期でも7歳下なのですから数年経つと10歳以上も下の後輩女子社員ともグループ交際しているという状況になってきます。

 表題の好美(よしみ)チャンはK崎市N区に住んでいて石S(いしS)という珍しい姓なのですが確か8歳か9歳くらい年下だったでしょうか。当時,誕生日も年齢も意識してなかったので聞いたりしたこともありません。

 健康的でしたが決して美形というわけではなく,他の女性が派手な色の服装をしていたのに対して,いつも暗い系統の服にGパンという男のようないでたちで,初対面のころは話し方も普通の女ではなく,いかにも若いくせに生意気だと思いましたが,私も普通ではないのでそういうところに少し魅力を感じました。

 卓球部では男子は出版健保の大会で2部で優勝することもあったりして,私も高校時代には卓球部で高3の国体予選までは勉強などそっちのけで打ち込んでいたこともあり,単なる合コンクラブではなかったのですが,女子の方は温泉卓球に毛が生えた程度のレベルだったので,練習の合間には混合ダブルスなどやって女子のご機嫌取りをしたりしていました。

 普通は後楽園での練習が終わると,夜9時頃で,全員近くの夏ならナイター帰りの客でごった返ししていたりする居酒屋で飲み会というのが通例でした。

 そうした混合ダブルスのペアをあみだくじなどで決めるのですが不思議に好美チャンとペアになることが多かったのです。

 旅行でテニスやバドミントンなどでも混合だとペアになり,池で二人乗りのボートに乗るときも1回目はだいたい彼女とペアになります。

 初めの頃生意気だった彼女も,こう偶然が続くと元々運動は得意でないようなのでゴメンネとか私とペアでいいの?とかしきりに弱気の発言になってきましたが,元々勝ち負けにこだわっていなかったのでそんなことはどうでもよかったのです。

 でも赤い糸ではないけど偶然がかなり続くと私の方は相手の容姿とか言動とかに関わり無く,近くにいればいるほどそれだけで,1人でも2人でも何人でも浮気ではなく全て本気で同時に惚れてしまうという惚れっぽい性格(今でも身の程知らずにそうです)ですから,好きになっていました。

 そうこうするうちに,まあ女子社員ですから数年経てば会社をやめていくのが普通でしたから,彼女もやめたのですが,その後,病気(腎盂炎)で入院したという知らせがあったので卓球部の連中と一緒に何回かお見舞いに行って,後に退院したと聞き,以後はおそらく会っていません。

 私の方は結婚もせず40歳で会社をやめて当時は独立して塾を開きました。

 その後仕事を転々としていたのですが,7年ほど前に12年ぶりに昔の会社にアルバイトとして行き,それから4年間,数ヶ月ごとの契約で夜勤の間の隔日勤務で通っていた頃,5年前だったかな?旧知のまだ会社にいる元卓球部の一員に好美ちゃんが古傷の病気でどこかで倒れて運ばれたが亡くなった,そしてまだ独身だったというのを聞き,通夜に行こうと誘われたのですが,夜勤に穴あけられないという思いから,昼勤に続いて夜勤に行ったのでした。

 いろいろと後悔先に立たずですが,何故か今頃になって無性に恋しくて会いたくなるのはあの世で彼女が呼んでいるからでしょうか?などと思ったりします。ジジィとはいえ,まだ男のくせに女々しいですね。。

 7年前に昔いた会社に初めてアルバイトに行った頃にも,総務の親切な女性正社員でまだ20代前半でしょうが石S好美さんの生まれ変わり(当時はまだ好美チャンは生きていましたが)ではないか?というくらい似た印象を受けて親子ほど歳の違う彼女をときどきながめているのが楽しかったという,何もしないストーカーをしていたという記憶もあります。その彼女も私がまだ会社にいるときに社内結婚しましたね。

 ↓ありし日の石S好美チャンと私(1983年夏頃のグループ旅行で)      

※PS:私信です。れなちゃんへ,中国の本,もらいたいので,読んでいたらコメントで連絡してください。 TOSHI

緊急告知!! Attention!! [広告宣伝]です。

http://www.rakuten.co.jp/trs-kenko-land/  健康商品の店「TRS健康ランド」- SCS(食品洗浄剤),黒ウコン,酒の帝王,鵜鶏王などの専売店  ←この店は私TOSHIが店長をしています。(楽天ショップです。TRSのTはTOSHIのTです。)

 「TRS健康ランド」では2008年1月10日よりお徳用SCS500mlを新発売!!当店の専売です。

 そこのお酒のみの方,いろいろと飲食の機会の増えたあなた,悪酔いを防止すると言われているウコンがいいですよ!! そして特に今回提供する沖縄原産の純粋な黒ウコンは当店が専売の新製品ですが古くから沖縄地方ではいわゆる男性の力に効果があると言われています。

 おやおや,そこの静電気バチバチの人、いいものありますよ。。。

 それから農薬を落とした後の皮がピカピカに光っているリンゴなど商品として販売する際の見栄えをよくするなどのために化学処理をした食品を安全に洗浄する新商品の洗浄液SCSはいかがですか。。。

http://www.mediator.co.jp/category/pages.php?id=115「中古パソコン!メディエーター巣鴨店」

http://folomy.jp/heart/「folomy 物理フォーラム」サブマネージャーです。 

人気blogランキングへ ← クリックして投票してください。(1クリック=1投票です。1人1日1投票しかできません。クリックすると人気blogランキングに跳びます。)

にほんブログ村 科学ブログへ にほんブログ村 科学ブログ 物理学へクリックして投票してください。(ブログ村科学ブログランキング投票です。1クリック=1投票です。1人1日1投票しかできません。クリックするとブログ村の人気ランキング一覧のホ-ムページームに跳びます。)icon

ブックオフオンライン 

| | コメント (11) | トラックバック (1)

2006年11月 5日 (日)

昔好きだった女性

 今日は朝まで飲んで酔っ払ちゃったので社会人になってから昔お付き合いのあった母親と姉以外の女性を列記してしまおうかなと思います。ここを見てたら是非コメントしてね。

 (飲み屋のママや芸者さん,風俗関係は除外してます。)

 何が何でも自殺未遂までした片思いの人は会社で1年先輩だった「S井智子」さんです。あとの娘は好きな順番じゃなくて,だいたい出会った順番です。

 (自殺未遂といっても私の勝手な一人相撲の片思い失恋で,その夏の日には神保町で飲んだ後,新宿で2件目のヤケ酒を飲み,そこから青梅街道を上を向いて歩いて新高円寺の自宅アパートにたどりつきました。

 夜中に部屋を大掃除して拙い遺書を書き,せめて下着だけでも替えた後,精神病院で貰って自殺用に貯めていた睡眠薬約70錠を飲んで寝ただけなのですが。。

 結局,数日間会社を休んだだけで本人以外は知らない話です。結局,所持している睡眠薬程度ではよほどうまくやらないと死ねないということだけはわかりました。)

 同期入社の「M上直子」さん,中野坂上駅にある老舗のお菓子屋の2人の娘さんの妹の方の「K須順子」さん,その他,同期は「I千晶」さん,「N村」さん,「S木幸ちゃん」,「K本枝里子」さんとあと一人忘れてる。(PS:「Y田雅子」さんだったかな?)

 「K須順子」さんには自宅が私の新高円寺駅への帰り道への途中だったし特別な思いがありました。同期では「M上直子」さんと同じくらい好意を持っていました。ってこりゃ多情だな。。。

 それに1年先輩(とはいっても年下)ではS井さんと同期の「T橋」さんと「H川」さん,さらに先輩の「板Kの初ちゃん」とお局クラスの「N野」さん

 また,会社の卓球部でよくグループ旅行した利尻島出身の「T原由美子」さん,その友人の「大M」さん,そして笑顔が素敵でなんとなく好きだった「飯Z庸子」さん,そして結婚したいと思っていた(故)「石S好美」さんがいます。

 それに「B戸(S山)典子」さん,「安D好恵」さん,北区浮間に住んでいた「T真佐子」さん,「石H弥生」さん,今でもいつかまた飲みに誘いたいと思っている「S原雅子」さんが卓球部関係です。

 私の同期の男性の妻となりその後離婚した「T永真紀子」さん,いろいろ人生について教わった営業部の「木M亜里沙」ちゃん,同じ会社ではないけれど会社で一緒に働いていた同学年の友人の大和さんに紹介してもらった沖縄は今帰仁出身のかなり美人の「Y田艶子」さん。。

 そうそう,卓球部で忘れていたけど,愛知県名古屋?出身の顔は可愛かったけど細身で長身だった「M川明子」さん。。

 あるとき,グループで後楽園球場での「巨人-中日」のナイターを観にいったとき,彼女以外はどちらかというと巨人ファンだったし,離れ離れもイヤだったので全員一緒に巨人側で割と静かに観戦していたときのことです。

 中日が勝った瞬間に思わず「M川」さんだけが立ち上がって「バンザイ!」をしたので,巨人ファンしかいない席の後ろからか紙ツブテがいっぱい飛んできて「コワーイ」という状況になり,皆でガードしました。

 チョッと危なかったということもありましたね。

 かなり,華奢で愛くるしかった埼玉は鶴ヶ嶋の「ゆでお」ちゃんって本名は何だったっけ。。。(思い出した。「W辺直子」ちゃんだ。。)

 かなり大切な思い出を他の人と同列に書いていました。次の方は「S井智子」さんや(故)「I石S好美」さんと同じくらい大切な思い出の人です。

 やはり会社の卓球部の一員で一時は私の彼女だった北海道は利尻島出身の「T原由美子」さん。

 表面は明るくお笑いのようにふるまっていたけれど,何故か寂しげな陰を背負っていた人で,私とは横浜の山下公園などでデートしたり,池袋で映画を見たり個人的にかなり深いお付き合いをした方です。

 あるときは,デートの最中に私がカゼを引いて高熱を出し,白山の彼女のアパートで布団に寝かせてもらって「おかゆ」とか「焼きそば」とかを作ってもらって,2,3日間治るまで看病してもらったこともあります。

 その後,「N田F生」先輩の引越しの手伝いのとき,荷物を載せたトラックが旧居から新居に届くのを待つ1時間半くらいの間,近くの喫茶店で彼女の親友でやはり卓球部のかなり大人びた美人の「大M」さんと「T原」さんの2人で,「何度も泊まっておいて手も出さないのは失礼だ。」とかいう内容で長時間説教を受けた思い出があります。

 その後「T原」さんは会社をやめて札幌に再就職したと聞きました。「大M」さんは確か結婚退職でしたね。

 「T原由美子」さんには油絵の趣味があるらしく,お別れの記念に赤い「利尻富士」の絵をもらったのですが,30年くらいの間の私の何回かの引越しのドサクサでこの絵は紛失してしまいました。 ゴメンネ。

 27歳から35歳まで新高円寺に住んでいましたが,そのころ通っていた東中野は「ハイブリッジ」の「千K和子」さん,年頃なのにあどけない笑顔だった「H野恵美子」さん,ちょっと太めだったのでシコ踏んでみてとからかっていたのは名前何だっけ?

 結構,親密だった劇団「銅R」の「G智子」さん,最初は「青い石」でバイトしてたときに出会って,偶然「ハイブリッジ」で再会しました。。

 中野は「えてがみ」(ママはK田良子さん)にいて,笑顔が可愛かった「がんちゃん」もママもなつかしい。冬場のママ特製の雑炊はおいしかった。。

 そして,「蜜蜂」の少し太めの「美奈ちゃん」に"ママ=「京子」さん"の姪の高校生で田原トシちゃんが好きだったので胸に「TOSHI」と入った手編みの失敗作をもらった「こずえ」と,ママの娘でこずえと同級生の「ヤスコ」。。。

 中野の店「ジュリアン」のママは美しかった。ウィスキーのミルク割りと箱崎の歌:抱擁を教えてもらいました。その店を締めて東高円寺に同名の「ジュリアン」という喫茶店を開いたと聞いています。

 そして,神楽坂は「坂の上の2階」の「えいちゃん」や「M幸子」さん,そこで知り合った厚生年金病院の看護婦寮にいた「M和枝」ちゃん,なつかしいです。

 同じく神楽坂「バロン」の「恵美ちゃん」と「千恵ちゃん」,そこで紹介され僕より364日上(1949年2/2生まれ)で今は掛川で闘病中(クモ膜下出血?)の歯科医の「H(S)千春」さん,

 そして厚生年金病院の事務だった「N山みどり」ちゃんもバロンでアルバイトしてたときに知り合いました。そして彼女の友達?の石原真理子(絵)に顔が似ていた「純子」ちゃん。。。

 この店は当時は大手の会社では丸紅と熊谷組の社員,それに厚生年金病院の医者と看護婦にその卵や医療事務の女性が多かったですね。男性だけれどお客では福屋のS一郎さんもなつかしい。私はバロンのマスターのお兄さんと紹介されて信じてたこともありました。

 さらに,同じく神楽坂や江戸川橋関係では今でも細々とお付き合いある「サンドール」の「W辺(I藤)時子」さんと「W辺由利」さんの姉妹。。。

 神楽坂の毘沙門の前で肉まんで有名な五十番の隣「坂の上の2階」はママの姪で10歳くらい年下の「いくちゃん」は好きだったけどいつもテキトーにあしらわれ,からかわれてマゾの私はうれしかったという記憶あります。

 同じく神保町の「たか」のママの"「かずちゃん」=「I田和子さん」"も好きだったので,よく行ったけれど「二度と来るな。」と本当に塩まで撒かれて,ついうれしくて翌日もまた行くということもあって,やはり私は典型的なマゾでした。

 カラオケはなかった時代で,そこでは有線にリクエストして唄を聴いてました。

 ネット関係ではパソコン通信でチャットで将棋を教えてあげていて8年ほど前に1度だけ上京した彼女と実際に会って飲んだ大阪の「やっぱりあき(O本あき)=N亜希」さん,

 そして去年まで4年間,12年ぶりに昔の会社にアルバイトとして戻っていたときに出会った親子ほど歳の違う「K(O)典子」さん,

 最後に巣鴨1丁目のスナック「若大将」で最近好きになったけどやはり親子ほど歳が違って決して報われることのない上海育ちの「りくちゃん」,これで終わりかなあ,意外と少ないですね。。。

 とにかく僕の場合は若い頃から,人一倍女好きで浮気性(イヤ実は全部本気です),しかも美人であるか否かによらず,近くにいれば必ず情が移って,惚れっぽい性分なので困ったものです。

http://fphys.nifty.com/(ニフティ「物理フォーラム」サブマネージャー)                                  TOSHI 

人気blogランキングへ ← クリックして投票してください。(1クリック=1投票です。1人1日1投票しかできません。)

にほんブログ村 科学ブログへクリックして投票してください。(ブログ村科学ブログランキング)

にほんブログ村 トラコミュ 物理学へ
    物理学

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年4月19日 (水)

春雷

         「春雷」

  錯綜した感情のほとばしりを

  暗闇の中でじっと抑えている。

  雷鳴轟く春の兆しも僕の心をなごませることはない。

  いつになったらあなたは振り向いてくれるだろうか。

  共に暮らしたい,この世の幾漠かのときを。

  もう,二度と明かすことのない僕の本心を

  この胸に秘めているだけでは我慢できない。

  ああ,

  何を恨むことももうやめよう。

  他人のそしりも気にすまい。

    がらんとした心の空洞を

    すぐにでも埋めてしまうものがほしい。

  気が狂うほど心は渇(かつ)えている。

  出会いという神々のいたづらに踊らされているのだろうか。

  好きだという思いに逆らえない,炎のような僕がいる。

 

   実は,これは20年以上も昔に作った,語呂合わせの陳腐な恋愛詩です。

 でも当時は真剣で自殺未遂のようなこともしました。

 出だしをひらがな一文字にすると、

 「 さ く ら い と も こ あ な た が す き で す 」

 となります。

http://fphys.nifty.com/(ニフティ「物理フォーラム」サブマネージャー)                                                  TOSHI

http://blog.with2.net/link.php?269343(ブログ・ランキングの投票)

  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月29日 (水)

淡い初恋

 現在,50代独身の私にも,もちろん初恋というものがありました。

 それが,初恋だったのかどうか,小学校1年のとき,法事かなにかがあったからでしょうか,大阪から小学校3年のイトコのえっちゃんが倉敷市玉島長尾(当時,玉島市長尾)の田舎の自宅に,伯母といっしょにやって来ました。

 やはり小学校3年の次兄や,近所の友達なんかといっしょに,「おにごっこ」かなにかをして自宅の裏庭で遊びました。当時,末っ子の私はその次兄に,いつも金魚のフンのようにくっついていたんですね。

 「インジャン・インジャン・ホーホイナ」,今でも覚えています。ジャンケンのことをインジャンというのですね。そのときはじめて知りました。何か,新鮮なものをおぼえて,彼女の顔をみつめて,幼い胸がしめつけられるようなせつない思いをしました。

 それから,しばらくは彼女の名前は悦子っていうんだろうと勝手に思っていましたが,大きくなって本名は幸恵と書いて「ゆきえ」と呼ぶのだと知りました。なんで「えっちゃん」っていうのかは,きっと最後の「え」だけをそう呼んだんだろうとしかわかりませんが,今でも身内のあいだでは「えっちゃん」と呼んでいます。

 なんと現在は,あの兄の嫁になっています。実は血はつながっていないのだ,ということも「おとな」になって知りました。子供がなかった伯母の養女だったんですね。

 感性が衰えた今でも鮮明に思い出せる,あれはほんとうに初恋だったんでしょうか。。

http://fphys.nifty.com/(ニフティ「物理フォーラム」サブマネージャー)

                                                  TOSHI

| | コメント (2) | トラックバック (0)