統計力学

2007年12月17日 (月)

理想気体の圧力と分子運動論

 気体,液体,固体などの物質を莫大な個数の"微視的な粒子=分子"の集まりとみなし,その統計的な平均量を熱力学的な諸量と同定する,いわゆる統計熱物理学の見方では,気体の圧力:Pは次のようにして計算されます。

 分子の位置や運動量,あるいは:速度ごとの分子数密度の比率を与える統計分布に基づいて,まず気体の内部エネルギー:Uを求め,然る後に熱力学第1法則:dU=TdS-PdVを用いて,エントロピー:Sが一定の下での体積VによるUの偏微分:P=-(∂U/∂V)Sによって圧力Pが得られます。

 ここでTは系の絶対温度,Sはエントロピー,Vは系の体積です。

 

 熱力学第1法則の微分表現dU=TdS-PdV可逆過程を想定した式です。

具体的には,次のようになります。

 

対象とする系の絶対温度がTのときに系がエネルギーEを取る確率は一般にボルツマン(Boltzmann)因子:exp{-E/(kB)}(ただしkBはボルツマン定数)に比例する関数で与えられます。

この分布はカノニカル分布(正準分布),マクスェル・ボルツマン(Maxwell-Boltzmann)分布(M-B分布),あるいはギブス(Gibbs)分布と呼ばれています。

 

これは系の総分子数をN,古典的状態,または量子状態がrのときの系のエネルギーをεr,この状態を占める分子数をnrとするとき,その比率がnr/N=exp(-βεr)/{Σrexp(-βεr)} (ただしβ≡1/(kB))なる関係式で与えられることを意味しています。

 

ただし古典的状態rというのは莫大な個数の全ての分子の各々が占める位置と運動量(速度)の組合せで与えられます。

"状態和=分配関数"をZ≡Σrexp(-βεr)によって定義します。

 

このZを用いて内部エネルギーUはU=Σrrεr(N/Z)Σrεrexp(-βεr)=-N[∂(lnZ)/∂β]なる式で,圧力PはP=-Σrr(∂εr/∂V)=(N/Z)Σrexp(-βεr)(∂εr/∂V)=(N/β)[∂(lnZ)/∂V]なる式で表わされます。

そして,状態和の定義式Z≡Σrexp(-βεr)は各項が体積に無関係にエネルギーεrが与えられれば,全てexp(-βεr)という同じ形をしているので,結局は系の状態の総数に比例する量であると考えられます。

 

状態と位置座標の対応から総状態数は単純に体積に比例すると思われるので理想気体ではZは示量的な量であってZ=cV(cは比例定数)という形として書けるはずです。

 

したがって,∂(lnZ)/∂V=1/Vとなり,P=(N/β)[∂(lnZ)/∂V]=N/βV=NkB/Vとなって,よく知られた理想気体の状態方程式:PV=NkBが得られるわけです。

最近は局所平衡にある散逸構造とかを扱う非平衡統計力学なるものもあるようですが,伝統的な統計物理学は平衡統計力学で,系の確率分布はエントロピーSが最大で停留値を取ること,つまりdS=0 を満たす熱平衡状態,つまり釣り合いの状態にあることを条件として導かれた平衡分布です。

 

そこで,上の圧力の導出手続きにおいては,熱力学でのP=-(∂U/∂V)Sなる表式におけるエントロピーSが一定という条件は当然満足されています。

一方,初歩的な気体分子運動論では,1辺の長さがLの立方体の容器の中に質量がmの総個数がN個の気体分子が閉じ込められている模型を考えます。

  

"気体分子は単に時折互いに弾性衝突をする以外には相互作用をしない"という熱平衡状態での理想気体の仮定の下で多数の分子が容器の壁に衝突して反射するときの"各分子の運動量の変化=壁から受ける力積"の総和=合力の力積の反作用が容器の壁面の受ける力積であるとして壁に対する気体の圧力Pを求めます。

これは,具体的には次のようにして圧力を計算します。 

分子の速度をv=(vx,vy,vz)とすると,その運動量は=mですから,1つの分子がx軸に垂直な壁との弾性衝突によって壁に受け渡す運動量は壁に垂直で大きさが 2mxのベクトル量です。

 

この,分子が距離Lだけ隔たった左右の壁を往復するのに要する平均時間は2L/vxなので,十分な時間間隔τの間の衝突回数はvxτ/(2L)であり,その間に壁に及ぼす力積はfxτ=(2mx){xτ/(2L)}=mvx2τ/Lとなります。

それ故,N個の気体分子全体が壁に与える力積の総和を求めるとx2の平均値を<x2>と表記して,xτ=Nm<vx2>τ/Lとなります。

 

そこで,壁に受け渡す合力FxはFx=Nm<vx2/Lとなります。

 

ところで,2x2+vy2+vy2であり熱平衡状態では気体分子の速度分布は等方的であると考えられますから,<x2>=<y2>=<y2>=<2/3としてよいはずです。

 

そこで,x(1/3)Nm<2/Lと書けます。

壁に及ぼす圧力Pは単位面積当たりの力で定義されますから,P=Fx/L2(1/3)Nm<2/Vと書けます。

 

ここにV≡L3は立方体容器の体積です。

 

ここで統計力学における常温でのエネルギー等分配の法則によって,(1/2)m<2>=(3/2)kBTなる等式が成立するので,これを代入するとPV=NkBTとなり通常の理想気体の状態方程式であるボイル・シャルルの法則,あるいはボイル・ゲイリュサックの法則が得られます。

次に本日のメイン・テーマですが,気体運動論の1例として伝統的に記述されることの多い上述の容器の壁面における気体の圧力の導出ではなく,同じ気体分子運動論によって,容器内の任意の場所における圧力を計算で求めることを考えます。

容器内の任意の領域1を囲む閉曲面をSとするとき,その領域内の気体に対するニュートンの運動方程式はd[∫V1dV]/dt=-∫SPdで与えられます。

 

右辺は-∫V1∇PdVですから,微分形で書けばd/dt=-∇Pではないかと思います。

 

しかし,莫大な数の気体分子の平均としては,左辺はd<>/dt=0 であり,右辺も容器内では圧力Pは一様なので-∇P=0 です。

 

これは積分形でもd[<>V1]/dt=-∫SPdS=0 なので,気体に対する運動方程式からは圧力Pに関して何の情報も得られないように見えます。

ところが,d[∫V1dV]/dt=-∫SPdなる等式をよく見ると,左辺は単位時間に領域V1を囲む閉曲面Sを通過してV1に流入する運動量の総量-∫Sp・vを示しています。

 

Sがある領域を囲む閉曲面ならこれももちろんゼロですが,Sを閉曲面ではなく単なる断面と考えて左辺を面Sをたたいて通過する運動量の総量と見ることにより,新しい知見が得られます。

 

ただし,は気体分子全体の運動量,は流速で,記号p・vはそのi成分がΣj=13ijdSjで与えられるベクトル量を表わします。

 

そして,微小断面積を通る単位面積当たりの運動量の流れを示すテンソルp・vは流体力学ではおなじみの量ですが,これは運動量流束と呼ばれています。 

結局,-∫Sp・v=-∫SPdと書くことができて,面Sの任意の微小断面dSを通って外部から流入する総運動量-p・vはその断面に加わる力-Pdに等しいと考えられます。

 

つまり面を通過する運動量流束をその面での圧力と同一視する新しい見方が得られたわけです。

したがって,Σj=13ijdSj=PdSiですからij=Pδijが成立します。

 

両辺でi=j=1,2,3としたものを全て加え合わせる(縮約する,あるいは対角和(trace)を取る)とpv=3Pが得られます。

 

左辺は単位体積当りの平均分子数=数密度(/V)を用いてpv(N/V)(m2)と書けますが,この面S上の各点における局所的な2値は面全体を考えたときには,それを平均値<2>で置き換えるのが妥当と思われるのでpv(N/V)(m<2>)とします。

したがってP=(1/3)pv(2/3)(N/V){(1/2)m<2>}であり,先に述べたように(1/2)m<2>=(3/2)kBTですから,P=NkBT/V=nRT/V (ただしR=N0Bは気体定数;N0アヴォガドロ数;n=N/N0はモル数)と書けます。

 

やはりP=nRT/VあるいはPV=nRTなる理想気体の状態方程式を得ます。

 

まあ,実際には任意の点における微小断面でその両側からの運動量流束は相殺されてゼロとなり,それゆえ閉曲面で囲まれた任意の領域で運動量の流入量の収支がゼロである,という先述の積分表式があったわけです。

 

これは圧力に関わらず,静止時には各断面の両側での応力は釣り合っていて,各点での合力としてはゼロである,という応力の本質的な性質に根ざすもので,運動量流束が圧力に等しいと同定するのが合理的と考えたのは本質的には直感によるものです。

参考文献: 中村 伝 著「統計力学」(岩波全書)

 

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2006年11月18日 (土)

遮蔽ポテンシャルとブラソフ方程式(クーロン系)

 以前の考察において,分子間力のような短距離力に根ざす現象を扱う際には粒子衝突を統計的に表現したボルツマン方程式が有効であることを見ました。

 しかし,重力や電気力は距離に反比例するクーロン型の長距離力ですから,こうした力がメインの現象では個々の粒子間衝突よりも多数の粒子との平均的相互作用のほうが効いてきます。 

 そして,プラズマのように多数の電子とイオンから成っていて全体としては電気的に中性な系を考察するときには,イオンは重くて静止したまま,数密度n0で一様に分布していて電子だけがその中で運動しているという平均場近似のモデルが有効であると考えられます。 

 このとき,電場=-∇φによって与える静電場のスカラー・ポテンシャルφは,∇=ρ0によって,ε02φ=enel-en0というポアソン方程式に従います。

  

 (-e)<0 は電子1個の電荷でnelは電子数密度です。また,イオンは1価であると仮定しています。 

 電子は軽いので電子気体という近似が有効であると思われます。

 

 そこで,この平均場近似で系が電子自身の密度にも依存した電場に応じて熱平衡分布に達しているとすると,電子数密度の分布はnel()=n0exp{eφ()/(kBT)}で与えられると考えることができます。

 

 ポテンシャルφ()がr→∞でゼロになるとすれば,r→∞ではnel()→n0が成立するので,十分遠方では電気的に中性になるという条件は満足されます。

 

 そして,このとき先のポアソン方程式ε02φ=enel-en0は,ε02φ=en0[exp{eφ/(kBT)}-1]となります。

 対象とする系はプラズマですから,十分高温である:|eφ|/(kBT)<<1と仮定します。

 

 この仮定に基づき,ポアソン方程式ε02φ=en0[exp{eφ/(kBT)}-1]において,右辺をeφ/(kBT)の1次まで展開する近似を採用すると,2φ=e20/(ε0B)φ=φ/λD2が得られます。

 

 ただしλD≡[ε0B/(20)]1/2はデバイ(Debye)長さと呼ばれる特徴的な長さです。

 上のようなφの満たす1次近似の方程式(21/λD2)φ=0 はよく知られたヘルムホルツの方程式です。

 

 球対称で,かつ遠方でゼロになるという境界条件を満たす解もよく知られており,これは湯川ポテンシャルの形の式φ()const・exp(-r/λD)/rです。

 

 一方,上記の解φ()const・exp(-r/λD)/rはλD→∞ において2φ=-en0の解であるクーロンポテンシャルφ()=en0/(4πε0)に一致するはずです。

 

 そこで,未知係数も一意的に決まって,φ()=en0 exp(-r/λD)/(4πε0)と書けます。

 

 これを遮蔽ポテンシャルと呼びます。

 電荷密度n0が大きくてプラズマパラメータΛ≡n0λD3がΛ>>1を満足するなら,遮蔽範囲であるデバイ長以下の領域に多数の電荷があるので,電子の運動は個々の電子の衝突ではなく平均的分布による電場によって大きく支配されます。

 

 さて,電子の分布関数を速度と位置の関数としてf(,,t)と書くことにします。このとき,位置だけの関数である数密度はnel(,t)=∫f(,,t)dで与えられます。

 

 ところで,以前の記事では外力がない場合の連続の方程式を∂f/∂t+∇f=(∂f/∂t)collと書いて,これからボルツマン方程式を導きました。

 

 しかし,今の場合には電子速度は一定ではなく電場による外力,あるいは加速度を受けて変化します。

 

 また,右辺の衝突湧き出し項は無視できるので,連続の方程式は∂f/∂t+∂f/∂+(-e/m)∂f/∂=0 となります。ここで,∇fを∂f/∂と表記し,d/dt=-e/mを用いました。

 したがって,結局,fに対する方程式系は連続方程式∂f/∂t+∂f/∂-(e/m)∂f/∂=0 と電場を決定する方程式ε0=-e∫f(,,t)d+en0の2つになります。

 

 これらの方程式をブラソフ方程式(Vlasov's equation)と呼びます。こうして電場が分布fから決まることになり,fについては非線形になります。

 これらは,私が北原和夫著「非平衡系の統計力学」(岩波書店)を現在勉強しているプロセスの中での覚え書きとして記したものです。 

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2006年11月 8日 (水)

量子的ボルツマン方程式

古典的気体分子ではなくて金属内の自由電子という量子的フェルミ気体に対して,先に述べたボルツマン方程式∂f/∂t+∇f=(∂f/∂t)collを拡張することを考えてみます。

ch/(2π)(hはプランク定数)とすると,波数がの電子波束の速度=群速度はk=hc-1(∂εk/∂)です。

 

の時間変化は,外力として電場があるときには電子の電荷をe(<0)として,d/dt=e/hcとなります。

 

波数がの電子波束をフェルミ粒子として,その分布関数をfkとすると量子的ボルツマン方程式は∂fk/∂t+k∇fk(∂fk/)(∂fk/∂t)collとなります。

 

左辺の第3項は電場による波束の変化,つまり運動量=hcの時間的変化による分布の変化を示しています。

波数'+dk'1'+d1'の間の電子波束対が衝突して単位時間に速度1との波束対となって,+d,11+d1領域に入ってくる散乱確率をσ(,1|',1')1'd1'とします。

 

これとは全く逆に,+d,11+d1領域から出て行く散乱確率をσ(',1'|,1)1'd1'とします。

気体分子の運動論のときと同様な略記として,f≡fk,f1≡fk1,f'≡k',f1'≡k1'と置きます。

 

衝突前の波数,1を持つ波束の減少は(ff1)にも比例しますが,衝突後の状態'と1'が占有されていないことが必要なので(1-f')(1-1')にも比例します。

したがって衝突項を与える式は(∂f/∂t)coll=∫σ(,1|',1')f'1'(1-f)(1-1)1'd1'-∫σ(',1'|,1)ff1(1-f')(1-1')1'd1'となると考えられます。

量子力学でも時間に関する可逆性,空間反転対称性は成り立ち,衝突数算定の仮定という統計的意味は量子力学自体が確率現象なので、さらなる重みを持ちます。

そこで,(∂f/∂t)coll=-∫σ(,1|',1')[ff1(1-f')(1-1')-f'1'(1-f)(1-1)]1'd1'となるはずです。

量子論でのフェルミ粒子系のエントロピーはS=-kB∫[flogf+(1-f)log(1-f)]です。

 

そこで,このときのH関数はH≡[flogf+(1-f)log(1-f)]と定義すればいいと思われます。

 

古典論と同じように考察して,dH/dt=∫[log{f/(1-f)}(∂f/∂t)coll]dk=(1/4)∫σ[f'1'(1-f)(1-1)-ff1(1-f')(1-1')]log[ff1(1-f')(1-1')/{f'1'(1-f)(1-1)}]1'1'と書けます。

そこで古典的気体分子運動論と同じく金属内のフェルミ気体である自由電子の運動論でもH定理,すなわちdH/dt=∫[log{f/(1-f)}(∂f/∂t)coll]dk≦0が成立し,エントロピーの増大則dS/dt≧0を保証します。

今度の場合では熱平衡状態というのは∫[(logf)(∂f/∂t)coll]d=0,すなわち ff1/[(1-f)(1-1)]=f'f1'/[(1-f')(1-1')]に対応しています。

 

これはfがフェルミ・ディラック分布,すなわち,f=1/[exp{(εk-μ)/kB}+1]に従うなら確かに満足されています。

 

参考文献;北原和夫 著「非平衡系の統計力学」(岩波書店) 

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2006年11月 2日 (木)

ボルツマン方程式とH定理

 今日は不可逆過程と関連してボルツマン方程式とボルツマン(Boltzmann)のH定理について述べたいと思います。 

 まず,質量がmで全分子数がNの気体が速度v+dvの間にある粒子数の分布をf()dとします。

  

 簡単な考察によって,絶対温度Tで熱平衡状態にある場合にはf()はマクスウェル・ボルツマン分布:f()=N[m/(2πkB)]3/2exp[-m2/(2kB)]となることがわかります。

 

 これは,∫f()d=Nと規格化されています。

 次に同じ気体分子が非平衡状態にあるとして,その分布関数を位置と速度,および時刻tの関数としf(,,t)とします。つまり,時刻tに+dの間,+dの間にある分子数をf(,,t)dとするわけです。

 

 

 これも∫f(,,t)d=Nと規格化しておきます。

 このとき,粒子の衝突を無視した自由運動による各位置の近傍での粒子数の保存を表わす連続の方程式は∂f/∂t+∇f=0 となります。

 

 これはリウヴィル方程式を分布関数で与えたものとなっています。

 しかし,一般に非平衡状態では衝突による粒子数変化の湧き出し項として衝突項が存在し,連続の方程式は∂f/∂t+∇f=(∂f/∂t)collとなるはずです。これをボルツマン方程式と呼びます。

 

 ある時刻tに速度'1'をもつ粒子対が衝突して単位時間に速度1との粒子対となって+d,11+d1領域に入ってくるプロセスの頻度をσ(,1|',1')とします。

 

 これと全く逆に,+d,11+d1領域から出て行くプロセスの頻度をσ(',1'|,1)とすれば,衝突(湧き出し)項は(∂f/∂t)coll=∫σ(,1|',1')f(,',t)f(,1',t)1'1'-∫σ(',1'|,1)f(,,t)f(,1,t)d1'1'なる式で与えられるはずです。

 ところで,力学の時間反転に対する対称性よって,1から'1'に変わる頻度は-'と-1'から-と-1に変化する頻度に等しい,つまりσ(',1'|,1)=σ(-,-1|-',-1')と考えられます。

 

 これを衝突数算定の仮定と呼びます。

 さらに座標軸の向きを逆転させても,こうしたプロセスの頻度は同じと考えられるので,σ(-,-1|-',-1')=σ(,1|',1')です。

 

 そこで結局σ(,1|',1')=σ(',1'|,1)としてよいと考えられます。

 ここで略記法として,f≡f(,,t),f'≡(,',t),f1f(,1,t),1'(,1',t)と書くと,結局(∂f/∂t)coll=∫σ(,1|',1')( f'f1'- ff1)1'1'となります。

 

 気体分子の衝突は,弾性衝突で衝突の前後でエネルギーも運動量も保存されると考えられるため,1'+1',かつv2+v12=v'2+v1'2以外の場合にはσ(,1|',1')=0 です。

 ボルツマン方程式が不可逆過程を記述することを示すため,ここでボルツマンのH関数という関数HをH(,t)≡∫(,,t)logf(,,t)dで定義します。ここで,logは自然対数lnです。

 このとき,∂H/∂t=∫(∂f/∂t)(logf+1)dと書けますが,これにボルツマン方程式:∂f/∂t+∇f=(∂f/∂t)collを代入すると∂H/∂t=∫(logf+1)[-∇f+(∂f/∂t)coll ]=-∇[(flogf)d]+∫(logf+1)(∂f/∂t)collとなります。 

この右辺のうちで,1×衝突項の部分の積分は∫(∂f/∂t)coll=∫σ(,1|',1')(f'1'-ff1)1'1'です。

 

これはσ(,1|',1')の,1,',1'における粒子の交換に対する対称性と(f'1'-ff1)の粒子交換の反対称性によってゼロとなります。

 

したがって,Hの流れとしてH(flogf)dを定義すると,∂H/∂t+H[(logf)(∂f/∂t)coll]dとなります。

 

これは,ボルツマンのH関数の流出入以外の正味の生成であるdH/dt=∂H/∂t+H [(logf)(∂f/∂t)coll]dによって与えられることを示しています。

そして,∫[(logf)(∂f/∂t)coll]d=∫[(logf)σ(,1|',1')(f'1'-ff1)]d1'1'です。

 

この式の右辺は[(logf1)σ(1,|1',')( f1'f'-f1f)]d1'1',[(logf')σ(',1'|,1)(ff1-f'1')]d1'd1',[(logf1')σ(1','|1,)(f1f-f1'f'))]d1'd1'の全てと等しいことになります。

 

しかも対称性から,これらのσは全て等しいので,簡略化してσ(,1|',1')を単にσと略記することにします。

すると[(logf)(∂f/∂t)coll]d=(1/4)∫[σ(f'1'-ff1)(logf+logf1logf'logf1')]d1'1'=(1/4)∫[σ(f'1'-ff1)log(ff1/f'f1')1'1'と書けることになります。

ところが,σは衝突頻度ですから,当然σ≧0であり,しかも(x-y)log(y/x)≦0ですから,結局dH/dt=[(logf)(∂f/∂t)coll]d≦0 が示されたことになります。

 

つまり,ボルツマンのH関数は時間と共に常に一定,または減少するということが示されたわけです。

 

こうして,"時間反転不変=可逆な力学法則から,どういうわけか不可逆変化が導かれました。これをボルツマンのH定理と言います。

しかし,これに対してはロシュミットの(Loschmidt)逆行性批判う有名な反論があります。

 

すなわち,ある瞬間に時間的変化を反転する,つまり全粒子の向きを逆転させると,逆にHは過去に向かって減少する,または未来に向かっては増加するということになる。という反論です。これは,まことにもっともな話です。 

こうしたさまざまな反論に悩んだ末,とうとうボルツマンは自殺に追い込まれてしまったのです。

 

今考えると,H定理は実は確率法則による定理であり,例えば衝突頻度σに対して衝突数算定の仮定が導入されています。

 

既に"速度空間の大きい体積の方には小さい体積よりも粒子数が多いはずである"などの等重率原理のような確率的構想が入っていて,単純な可逆的力学法則からの確率概念的な飛躍があることに気づくはずです。 

というわけで,確率法則としてはボルツマンのH定理は正当であると認めて何ら問題はありません。

 

H関数は,非平衡状態に対して与えられたものですが,熱平衡状態は∫[(logf)(∂f/∂t)coll]d=0,つまりff1=f'f1'に対応しています。

 

このときにはfをで積分したものはマクスウェル・ボルツマン分布となります。

 

平衡統計力学においてのみ定義されるエントロピーSを計算すると,これはボルツマンのH関数とS=-kB∫H(,t)d(定数)なる関係にあることがわかります。

  

そこで,エントロピー概念を拡張して非平衡状態でもエントロピーをS=-kB∫H(,t)d(定数)で定義すればよいと考えることができます。

  

それ故,"孤立系=流出入のない系ではエントロピーは常に増加する"という熱力学第2法則はボルツマンのH定理の言い換えに過ぎないということになります。

 

参考文献;北原和夫 著「非平衡系の統計力学」(岩波書店)、テル・ハール 著「熱統計学」(みすず書房)

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2006年10月19日 (木)

ファン・デル・ワールスの力と状態方程式

 先日の記事では,希ガスの原子間に働く引力としてファン・デル・ワールスの力が存在すること,そしてその引力ポテンシャルが(r)=-A/r6(A>0)なる形で与えられることを導きました。

 

 これは希ガスだけではなく,一般に気体分子の分子間力である,と考えることができます。

各気体分子を半径がσの剛体球で近似し,他の分子は決してその半径σより内側には侵入不可能で,衝突しても完全反射されるという等方的モデルを想定します。

 

これは半径σの内部では,そのポテンシャルΦ(r)がΦ(r)=∞(r<σ)となることに相当します。rはもちろん気体の分子間の距離です。

しかし,半径σの外側r>σでは中性の分子間のファン・デル・ワールスの引力が働く,Φ(r)=-ε0(σ/r)60>0)であるとします。

 

これを不完全気体の1つのモデルとして,ファン・デル・ワールスの状態方程式:(P+a/V2)(V-b)=NkBTを導出しようと思います。

 

ここでNは体積Vの中にある気体分子の個数,Pは気体の圧力,Tはその絶対温度,kBはボルツマン定数です。

まず,ヘルムホルツ(Helmholtz)の自由エネルギーをFとすると,圧力Pは,P=-(∂F/∂V)で与えられることがわかっています。

 

そこで,先のポテンシャルΦを用いて統計力学の"状態和=分配関数"を求め,それによってFを計算するという方針を立てます。

 系全体のハミルトニアンHは仮定によってH=∑pi2/(2m)+∑i<jΦ(rij)で与えられると考えられます。ここでΦ(rij)はi,jの2体粒子間のポテンシャルでrijはi,j間の距離を表わすとします。

 古典近似での状態和をZとすると,F=-kBlogZですが,このZはZ=[1/(N!h3N)]∫exp{-H/(kBT)}dx1dy1dz1...dpxNdpyNdpzN で与えられます。

 

 積分は座標については体積Vの容器の中全体で,運動量については-∞から+∞までの範囲で行ないます。

 

 運動量についての積分は各座標について独立に行なうことができて,その結果は通常の理想気体と同じなので,Z=(2πmkBT/h2)3N/2Ωとなります。

 

 ここに,ΩはΩ≡(1/N!)∫exp[-∑i<jΦ(rij)/(kBT)]dx1dy1dz1...dxNdyNdzN で与えられる量です。

 Φ(r)はrの増加と共に絶対値が急速に減少する関数です。

 

 今fij≡f(rij)≡exp[-Φ(rij)/(kBT)]-1とおけば,rijが大きくなるとfijは急激にゼロに近づきます。

 

 一方,Ω=(1/N!)∫Π(fij+1)dx1..dzN となります。そして,Π(fij+1)~1+∑fij+...と展開されます。

 

 右辺の第3項以降は小さいので無視するという近似をすれば,Ω~(1/N!){VN+[N(N-1)VN-2/2]∫f12dx1dy1...dz2}~(VN/N!){1+(N/V)2/2}∫f(r)4πr2drとなります。

 この近似では,さらに近似log(1+x)~xによって,F=-kBlogZはF=F0-(NkBT/V)(N/2)∫f(r)4πrdrと書けます。

 

 自由粒子のヘルムホルツエネルギーF0では-(∂F0/∂V)=NkBT(dlogV/dV)=NkBT/Vですから,P=-(∂F/∂V)より,PV/NkBT~ 1+B(T)/V,B(T)=-(N/2)∫f(r)4πr2drと書くことができます。

 

 ここで,B(T)は第2ビリアル係数と呼ばれています。

 一般には,さらにPV/NkBT=1+B(T)/V+C(T)/V2+D(T)/V3+...と展開することが可能で,C(T),D(T)をそれぞれ第3,第4ビリアル係数と呼びます。

 

 しかし,ここではrijが大きくなるとfijは急激にゼロに近づくので右辺第3項以下を切り捨てて第2項までで近似します。

 そして,B(T)=-(N/2)∫0{f(r)4πr2dr=-2πN∫0{f(r)r2dr=2πN∫σ{1-exp[ε0(σ/r)6/(kBT)]}r2drとなります。

ここで,{1-exp[ε0(σ/r)6/(kBT)]}=-∑(σ/r){ε0/(kBT)}ν/ν!なので,B(T)=(2πNσ3/3)+2πN∫σ{1-exp[ε0(σ/r)6/(kBT)]}r2dr=(2πNσ3/3)-2πNσ3∑{ε0/(kBT)}ν/[(6ν-3)ν!]~(2πNσ3/3){1-ε0/(kBT)}です。

 

すなわち,B(T) ~ (2πNσ3/3){1-ε0/(kBT)}となります。

そこで,b=(N/2)(4πσ3/3),a=(N2/2)(4πε0σ3/3)/(kBT)とおけば,結局PV/NkBT=1+b/V-a/(NkBTV)となり,NkBT(1+b/V)=V(P+a/V2)です。

 

これの両辺を(1+b/V)で割り,1/(1+b/V)~1-b/Vと近似することによって,ファン・デル・ワールスの状態方程式(P+a/V2)(V-b)=NkBTが得られます。

ここで,b=(N/2)(4πσ3/3)は大体N個の気体分子による排除体積を示していると考えられます。

また,nを単位体積当たりの分子数n≡N/Vとしuを単位体積当たりの並進運動のエネルギーとすると,-a/V2=(n2/2)∫0{Φ(r)4πr2drです。

 

これの効果は,理想気体における圧力P=(2/3)uが,不完全気体ではP=(2/3)u-a/V2=(2/3){u-(3/2)(a/V2)}=(2/3)[u+(3/2)(n2/2)∫0{Φ(r)4πr2dr]となって,引力ポテンシャルΦ(r)<0 により圧力が低減されるという意味を持つと考えられます。

そして,係数n2/2は単位体積当たりの2体の組み合わせn(n-1)/2 に起因すると考えられますから,項a/V2は圧力P以外の気体分子の凝集力を示していると考えられます。

 参考文献:中村伝著「統計力学」(岩波全書) 原島鮮 著「熱力学・統計力学」(培風館)

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2006年10月11日 (水)

ボーズ・アインシュタイン凝縮とゼータ関数

 今日はボーズ・アインシュタイン凝縮とゼータ関数の間の,ほんの少しの関係について述べてみます。 

 量子統計力学によれば,非常に多数個(N個)のボーズ粒子のみからなる系が絶対温度Tの平衡状態にあるとき,エネルギーがεrの状態rに存在する平均粒子数nrは,ボーズ・アインシュタイン分布 n r[exp{(εr-μ)/(kBT)}-1]-1で与えられます。

 

 そして,系の最低のエネルギー状態はεr0 ですから,粒子数rが負になるという有り得ない状況にならないためには,exp{-μ/(kBT)}は常に1より小さくない必要があります。

 

 そこで,ボーズ粒子では化学ポテンシャルμが常に負である必要があります。

 そして,状態のエネルギー準位密度をg(ε)とすれば,この温度での化学ポテンシャルは∫0[exp{(ε-μ)/(kBT)}-1]-1g(ε)dε=Nという条件から決まります。

そして系の体積をV,プランク(Planck)定数をhとすると,位置座標で積分した後の半径pの運動量球殻の位相体積要素は4πVp2dpです。

 

量子統計力学の意味では位相体積ΔqxΔqyΔqzΔpxΔpyΔpz=h3につき1つの割合で状態が存在するので,運動量球殻の位相体積要素中の状態密度は4π(V/h3)p2dpで与えられます。

 

粒子が自由粒子であると考えると,エネルギーと運動量の関係はε=p2/(2m),あるいはp2=2mεですから,p2dp=(2mε)1/2mdεより,エネルギー準位状態密度はg(ε)=2πV(2m/h2)3/2ε1/2で与えられることがわかります。

したがって,(2πV/h3)(2mkBT)3/20[x1/2/{e(x+α)-1}]dx=Nによってαが決定されます。α=-μ/(kBT)≧ 0 です。

 

1/{e(x+α)-1}=e-(x+α)/{1-e-(x+α)}=∑n=1-n(x+α)なる級数展開を利用すると,∫0dx[x1/2/{e(x+α)-1}]=(π1/2/2)F(e)≡(π1/2/2)∑n=1(e-nα/n3/2)となります。

 

なぜなら,∫01/2-nxdx=2∫02exp(-nu2)du=-(d/dn)(π/n)1/2=π1/2/(2n3/2)だからですね。

そして,関数F(e))≡∑n=1(e-nα/n3/2)が最大値を取るのは明らかにα=0 のときです。すなわち,F(1)=∑n=1(1/n3/2)=ζ(3/2)≒2.612となるときです。関数ζはゼータ関数です。

そして先のαを決めるための条件は(2πmkT/h2)3/2F(e)=(N/V)という形になります。

 

そこで,温度Tを下げてゆくとF(e)が増加するしかないのでαは正の値からゼロに近づいてゆくわけですが,ゼロを超えて負になることはできないので,極限,つまりα=0 での臨界温度をTcとおけば,規格化条件は(N/V)=(2πmkc/h2)3/2ζ(3/2)≒2.612(2πmkc/h2)3/2となります。

もしも,このTcよりさらに温度が低くなれば,もはや(2πmkT/h2)3/2F(e)=(N/V)という式からは物理的に意味のある化学ポテンシャルは見つかりません。

 

しかし,実は化学ポテンシャルμが負の値からゼロに近づくとき,"エネルギーの最低状態=(ε00 のゼロ状態)"を占める粒子数00[exp{-μ/(kBT)}-1]-1によって無限大に近づきます。

この矛盾が生じたのは粒子の総数が∑rr =Nであるという式の総和∑を積分∫dεに置き換えたためです。

 

エネルギー準位密度g(ε)=2πV(2m/h2)3/2ε1/2ε→ 0 でゼロとなり,正味の無限大へと発散する項であるg(ε)[exp{ε/(kBT)}-1] ~ const.ε-1/2が積分∫dεε-1/2の結果として消えるとしてしまったためです。

 

現実には限りなく大きくなるはずのゼロ状態の粒子数の項が見落とされて切り捨てられたのが原因であると解釈されます。

そこで,ゼロ状態の項だけを∑rrから抜き出し,残りを積分で置き換えると(2πmkT/h2)3/2F(e)=(N/V)の代わりに,0+V(2πmkT/h2)3/2F(e)=Nという式が得られ,これが改めてαを決定する式になります。

ところで,0が大きくなって,これを無視できず,Nと比較できるオーダーになるのは,01/(eα-1)~ Nのとき,つまりα~ (1/N)となるときです。

 

このとき,F(e)~F(1)=ζ(3/2)≒2.612 とみなしていいですから,0+V(2πmkT/h2)3/2F(e)=Nなる条件式は,より簡単な温度だけによる表式で,0=N[1-(T/Tc)3/2]と表わすこともできます。

例えばボーズ気体などでは臨界温度Tcから下では多くの粒子がなだれ的にゼロ状態へと落ち込んでゆくことになりますが,これを理想ボーズ・アインシュタイン凝縮と言います。

 

液体ヘリウム4Heでは上式による臨界温度Tcの計算値は 2.13Kですが,これは実際の液体ヘリウムで超流動や超伝導を起こす転移温度2.19Kと極めて近い値です。

 

実際,超流動や超伝導の主因はボーズ・アインシュタイン凝縮であるとされています。

電子のようなフェルミ粒子では粒子数分布はフェルミ・ディラック分布に従うので,こうした凝縮は起きないはずです。

 

しかし,実際の物質中では陽イオンの格子振動を量子化したフォノンという量子の交換によって電子同士にも電荷による斥力を上回る引力が働くため,クーパー対という電子対が構成されることがあります。

 

この電子対は複合粒子としては1つのボーズ粒子なので,低温でボーズ・アインシュタイン凝縮を起こし,そのために超伝導が起こるとされています。

 

これは有名なBCS理論(Bardeen-Cooper-Schriefer)ですね。

 

なお,ζ(3/2)=∑n=1(1/n3/2)の近似値をパソコンで計算してみましたがエクセル(Excel)だと1万項の和をとっても2.6に到達しませんでした。

 

そこで,CompaqのVisual-Fortranでプログラムを作り倍精度で10億項まで和をとったところ項:1/n3/2の大きさが10-14程度のところで2.6123121という,非常に良い近似値を得ました。

 

参考文献;中村伝著「統計力学」(岩波全書)

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2006年9月20日 (水)

酔歩(ランダム・ウォーク)(訂正)

以前の記事「酔歩(ランダム・ウォーク)」において1次元から2次元,3次元に拡張するときに本質的な間違いがあったので訂正しました。既に現時点では以前の本文は訂正してあります。

 

"xがxとx+dxの間にある確率は(x,N)dx={1/(2πNa2)1/2}exp{-x2/(2Na2)}dxとなるはずです。"というのはよかったのですが。。。

 

このことから,"2次元でも等方的と考えられるので2をr2=x2+y2と置き換えれば(x,y,N)dxdy={1/(2πNa2)}exp{-r2/(2Na2)}dxdy,同様に3次元ではr2=x2+y2+z2として(x,y,z,N)dxdydz={1/(2πNa2)3/2}exp{-r2/(2Na2)}dxdydzであると考えられます。"という部分は完全な間違いでした。

 

これは,1次元での1歩の長さの各次元成分への分割を考慮していなかったです。

 

"2次元でも等方的と考えられるので単純に2をr2=x2+y2に置き換えるだけでいいと考えるところですが,実は1歩の各方向への成分Δx,ΔyはΔx2+Δy2=a2を満足すると思われます。

 

x方向とy方向を対等に扱うとΔx2Δy2=a2/2ですから,N歩で位置=(x,y)に到達する確率は全平面で1になるように規格化して(x,y,N)dxdy={1/(πNa2)}exp{-x2/(Na2)}exp{-y2/(Na2)}dxdy={1/(πNa2)}exp{-r2/(Na2)}2なる。"と直しました。

 

  さらに,"同様に3次元ではr2=x2+y2+z2としてΔx2Δy2=Δy22/3により,位置=(x,y,z)に到達する確率は(x,y,z,N)dxdydz=[1/{(2/3)πNa2}3/2]exp[-r2/{(2/3)Na2}]3となる,と考えられます。"と訂正しました。

  "特にt=Nτ,D=a2/(2τ)とおけば,4Dt=2N2となるので,P(r,t)=(x,y,z,N)={1/(4πDt)3/2}exp{-r2/(4Dt)}となります"という部分も,"特に3次元ではt=Nτ,D=a2/(6τ)とおけば,4Dt=(2/3)N2となるので,P(,t)=(x,y,z,N)={1/(4πDt)3/2}exp{-r2/(4Dt)}となります。"と訂正しました。

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2006年9月14日 (木)

酔歩(ランダム・ウォーク)

 今日は酔歩(ランダム・ウォーク)について考察してみます。

 まず,1次元の酔歩を考えます。1歩の長さが一定値aであるとし,左右1次元にしか運動できないとして左右どちらにも1歩ずつ移動することができ,その確率は両側で共に1/2であるとします。

x 軸の原点から出発してN 歩の後に x=ma (-N≦m≦N) の位置にいる 確率をP(m,N)とすると, 正の向きにN+歩,負の向きにN-歩だけいた場合にxに到達するとして,その場合の数はN!/(N+!N-!)ですから,確率はP(m,N)={N!/(N+!N-!)}(1/2)Nとなるはずです。

しかし,++N-=N,+-N-=mなので単純に計算すると+(N+m)/2,-(N-m)/2でなければなりません。N+mとN-mは一方が奇数ならば他方も奇数,一方が偶数ならば他方も偶数ですが,これらが偶数でないならば整数であることを必要とする+もN-も存在できません。

 

したがって,N-mが偶数のときには(m,N)={N!/(N+!N-!)}(1/2)N (N+(N+m)/2,-(N-m)/2)となって有限の確率になりますが,N-mが奇数のときには実現が不可能なので確率は(m,N)=0 となってしまいますね。

ここでnが非常に大きいときのスタ-リングの公式(Stirling's formula):n!~(2π)1/2-n(n+1/2),あるいはlog(n!)~(1/2)log(2π)+(n+1/2)log(n)-nを使用します。

すると,N-mが偶数であるとしてNが非常に大きいとすれば+(N+m)/2,N-(N-m)/2も非常に大きいことになって,log{(m,N)}=-Nlog2+NlogN-N+logN+-N-logN-(1/2)log(2π)+(1/2)(logN-logN+logN-)=(1/2)log(2/πN)-(N/2)[{1+(m+1)/N}log{1+(m/N)}+{1+(1-m)/N}log{1-(m/N)}]ですね。

ここで,m<<Nと考えて(m/N)の2次までの展開を考えます。テーラー(Taylor)展開による近似:log(1-x)~ -x-x2/2,log(1+x)~ x-x2/2を利用すれば,log{(m,N)}~(1/2)log(2/πN)-(N/2)(m/N)2となるので,(m,N)~ {2/(πN)}1/2exp{-m2/(2N)}です。

 

x=ma (-N≦m≦N)とし,1歩の長さaが非常に小さいとして,N-mが偶数のときと奇数のときの両方を考慮すれば,xがxとx+dxの間にある確率は偶数だけのときの半分であって,(x,N)dx=(1/2){2/(πN)}1/2exp{-x2/(2Na2)}(dx/a)={1/(2πNa2)1/2}exp{-x2/(2Na2)}dxとなるはずです。

 

この(x,N)は,Na→ ∞,a→ 0,Na2 →σ2 (有限)のときxで積分すると確かに1になるので,確率密度の条件を満たしています。

 2次元の場合でも酔歩は等方的であると考えられるので,単純に上の式で2をr2=x2+y2に置き換えるだけでいいと考えるところですが,実は1歩の各方向への成分Δx,ΔyはΔx2+Δy2=a2を満足すると思われます。

 

 そこで,x方向とy方向を対等に扱うならΔx2Δy2=a2/2なので,N歩で位置=(x,y)に到達する確率(x,y,N)は,全平面で1になるように規格化して,P(x,y,N)dxdy={1/(πNa2)}exp{-x2/(Na2)}exp{-y2/(Na2)}dxdy={1/(πNa2)}exp{-r2/(Na2)}2なるはずです。

 

  同様に,3次元ではr2=x2+y2+z2としてΔx2Δy2=Δy22/3により,位置=(x,y,z)に到達する確率は,(x,y,z,N)dxdydz=[1/{(2/3)πNa2}3/2]exp[-r2/{(2/3)Na2}]3になると考えられます。

 

 (特に,a=1,すなわち酔歩の1歩がある物差しで測った単位長さであるとするならば,原点から出発した3次元の酔歩でN歩の後に=(x,y,z)の付近の単位体積中に存在する確率は,[1/{(2/3)πN}3/2]exp[-r2/{(2/3)N}]となるはずです。

 

 これは2次元なら単位面積当たりの確率であり,{1/(πN)}exp(-r2/N)です。)

 

  特に,3次元ではt=Nτ,D=a2/(6τ)とおけば,4Dt=(2/3)N2となるのでP(,t)=(x,y,z,N)={1/(4πDt)3/2}exp{-r2/(4Dt)}となります。

 

 これは拡散係数がDの拡散方程式:∂P/∂t=D∇2Pにおいて,初期時刻t=0 に発生源の強度が原点に集中しているとき,すなわちP(,0)=δ3()に対する解と一致します。

 

 ここで,平均速度vはオーダー的にv=a/τであると考えられるのでa=vτを代入すると,D=v2τ/6となります。

 

 常温では並進運動のエネルギーはmv2/2=(3/2)BTですから,拡散係数Dはブラウン運動(Brownian motion)などの平均衝突時間τに(BT/2m)を掛けた程度の値になるという考察ができると思います。

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2006年8月 6日 (日)

エントロピーの定義

 エントロピーの熱力学における定義は,エントロピーをS,絶対温度をT,準静的過程で得る熱量をΔQとしてΔS=ΔQ/Tです。

 一方,統計力学におけるボルツマン(Boltzmann)によるエントロピーの定義はある状態において分子(粒子)がとりうるあらゆる状態の数をWとしてS=k
logWというものです。ただしkボルツマン定数です。

 (気体定数をR,アボガドロ数をNとしてk=R/N,つまり,kは分子1個当たりの気体定数)

 ボルツマンの定義なら,エントロピーは状態数Wの自然対数に比例する値ということで,これはバラバラの度合いです。

 つまり乱雑であるほど状態の数が多く,このことがエントロピーSが大きいということに合致するので"乱雑になること=エントロピーが増えること"というイメージになるかと思います。

 それでは熱力学における定義はどのようにボルツマンの定義と同一視できるのでしょうか?

 統計力学によると,絶対温度Tの恒温層に接触して等温のまま熱だけをもらっている分子(主に気体)の系は,そのエネルギーがEのとき,その状態にある確率は,指数関数exp [-E/(k
T)] =(ボルツマン因子)に比例します。

 これは,平衡状態での等確率(等重率)の仮定(各状態の確率は状態のいかんによらず同じである。)やエネルギーの保存則(熱力学第1法則)などから導かれます。

 確率というものの性質と等確率の仮定から,確率 exp [-E/(k
T)] は状態数Wの逆数:1/Wに比例する量であることがわかります。したがってWの方はexp [E/(kT)] に比例します。

 そこでボルツマンの定義に代入すれば,ΔS=k
ΔlogWということになり恒温層に接触しているカノニカル(:正準)な系ではΔS=ΔE/T=ΔQ/Tとなって熱力学の定義に一致します。

 つまり,仕事がなく熱だけをもらっているような状況では乱雑さの増えることがエントロピーの増加になる,というのは熱力学の定義でも云えることです。

 え?断熱ではエントロピーはどうなるのかですって?

 断熱:ΔQ=0 ならエントロピーの変化量はΔS=ΔQ/T= 0 なのでエントロピーは変化しませんよ。何?それはおかしい?うん,確かにそうですね。

 最初に述べたようにこのΔQは準静的過程での熱です。

 断熱ではΔQ= 0 ですが,実は普通の日常的過程ではΔS≧ΔQ/Tであり,等号は特別な場合なんですね。だから断熱でかつ特別でないならΔS>0 なので,普通は断熱のときはエントロピーは増加します。

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2006年7月30日 (日)

気液平衡の統計力学

 温度Tと気圧Pが一定の下で,水と水蒸気が2相平衡にあるための条件は,熱力学では水,水蒸気の"化学ポテンシャル=分子1個当たりのギブス(Gibbs)自由エネルギー"が等しいことです。

 

 すなわち,水,水蒸気の化学ポテンシャルをμlgとすると,2相平衡の条件はμl=μgで与えられます。

 これは,分子論の統計力学ではどういう意味を持つのでしょうか?

 

 まず,水蒸気を理想気体と考えると,その気体分子としてのエネルギーは,Eg=(∑p2)/(2m)です。

 

 一方,液体の水分子は,分子平衡位置においても分子間力等により,金属の仕事関数に相当して液体分子1個を格子点位置の付近に束縛するエネルギー(-χ)(χ>0)を持つため,エネルギーはEl=(∑p2)/2m+U+(-χ)と表わされます。

  

 ここで,∑は1個の分子の運動の全ての自由度にわたる和です。またUは分子平衡位置からのずれによる振動の位置エネルギーです。

そして,1モルの潜熱=蒸発熱をLとすると,Lはエンタルピー(Ui+PV;Ui内部エネルギー)で定義されているのでL=NAχ+PV=NAχ+NABです。

 

ここで,Aはアボガドロ数でA~ 6.02×1023です。Vは体積です。さらにλ≡L/NAと置いて,"1分子当たりの潜熱=1分子当たりの蒸発熱"としてλを定義します。 

統計力学によれば,分配関数をZとすると化学ポテンシャルμはμ=-kBlog(Z/N)で与えられます。

 

そして理想気体では,分子の自由度をfとするとCを規格化定数としてZ=Zg=V(CkB)f/2=NkBT(CkB)f/2ので,μ=μg=-kBT[(1+f/2)logT-logP+const]となります。

 

特に水蒸気は3原子分子なので,f=6であり,それ故,μ=μg=-kBT(4logT-logP+const)です。

一方,液体の場合は固体の調和振動子モデル(運動エネルギーの自由度が3で振動エネルギーU=(1/2)kr2の自由度も3)を取るか,V=0(運動エネルギーの自由度のみで,それが6のモデルを取るとします。

 

まあ,いずれにしても,自由度fはf=6です。気体の場合との違いは体積V=Vl=Nvlを近似的に,温度Tにも圧力Pにも依存しない定数であると見なせることです。

 

そこで,Z=Nvl(CkB)f/2,f=6,μ=-kBlog(Z/N)から液体分子としての水の化学ポテンシャルμ=μlを求めればいいのです。

 

しかし,液体分子と気体分子の共通のエネルギーの原点として,気相の静止した位置を基準に取れば,液体の原点は(-χ)になるので,気体分子の原点を基準にすると,μ=μl=-χ-kBT(3logTconst.)となります。

 

したがって,結局μlμgという条件はlogP=logT-λ/(kBT)-1+const.となります。

 

それ故,P=(const.)Texp{-λ/(kBT)}=(const.)Texp{-L/(RT)}となります。

これは,相平衡を表わす有名なクラペイロン-クラウジウス(Clapeyron-Clausius)の公式;dP/dT=LP/(RT2),あるいは logP=-λ/kT+const.の修正式になっています。

ところで,分子論的には,相平衡とは分子の蒸発数と凝結数が同じであることを意味します。

 

今,単位体積中の水の平均分子数をnlとし,これが単位体積中の水蒸気分子数ngに移行したと見ると,運動エネルギーに差がないなら熱平衡ではng=nlexp{-χ/(kB)}です。

 

水蒸気の方は理想気体の状態方程式P=ngBTを満足するとしてよいので,結局nlを定数としてlogP=logT-λ/kT+const.となり上述の結果と同じ式が得られます。

 

結局,平衡状態で,"化学ポテンシャルの値が一致する。"という熱力学での相平衡の条件の意味が,"分子の蒸発数と凝結数が同じである。"という分子論的,統計力学的な意味での相平衡と同じであることがわかりました。

 

参考文献:中村 伝 著「統計力学」(岩波書店),原島 鮮 著「熱力学・統計力学」(培風館),クドリャフツェフ著(豊田博慈 訳)「熱と分子の物理学」(東京図書)

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2006年7月16日 (日)

二酸化炭素の比熱比(物性)

  今日は,理想気体の断熱過程での気体法則であるポアソン(Poisson)の公式PVγ=一定,または TVγ-1=一定で使用される比熱比 γ= Cp/Cvの値について,考察します。

 統計力学によれば,比熱比は対象とする気体1分子を構成する原子の個数,つまり気体分子が単原子分子,2原子分子,3原子分子etcのいずれであるかによって決まります。

 ここで, Cv は定積比熱,Cpは定圧比熱です。

 (理想)気体に対する定積比熱,と定圧比熱の間にはマイヤー(Mayer)の法則というルールがあり,nモルの気体に対してはCp=Cv+nR (1モルなら Cp=Cv+R )が成り立ちます。

 ただし,Rは気体定数と呼ばれる定数で,R≒8.31J/(mol・K)です。

 そして,気体の定積比熱 Cvは絶対温度をT,内部エネルギーをUとすると Cv=dU/dTで与えられます。

 理想気体ではUは温度だけの関数なので,T=0 での零点エネルギーを無視すると,気体の内部エネルギーはU =CvT と書けます。

 古典統計力学によると,物体の常温での内部エネルギーUは,1粒子の運動する自由度1つごとに kBT/2 だけの値を割り当てられます。ここで kB はボルツマン定数と呼ばれる気体分子1個当たりの気体定数です。

 kBは気体1分子当たりの気体定数ですから,R=N0B,またはN0=R/kBとすると気体1モルというのはN0個の分子の集合体を意味することがわかります。N0はアボガドロ数と呼ばれる物理定数で6.02×1023 なる値です。

 nモルの気体を構成する分子数はnN0個ですから,それの1自由度あたりの内部エネルギーはnN0BT/2=nRT/2 です。

 以上の事実はエネルギー等分配の法則といわれますす。

 単原子分子気体では分子1個の自由度は並進運動の自由度3だけなのでnモルの気体の内部エネルギーはU=3nRT/2 です。そこでCv=3nR/2, Cp=Cv+nR =5nR/2です。

 また,2原子分子気体は回転の自由度2 が加わるので,分子1個の自由度は並進運動(重心運動)の自由度3と合わせて5となります。そこでnモルの気体の内部エネルギーはU=5nRT/2となります。Cv=5nR/2, Cp=7nR/2です。

 3原子分子以上では重心の周りの回転の自由度が最大の3になるため,これを並進運動(重心運動)の自由度3と合わせると分子1個の自由度は6となりますから,nモルの内部エネルギーはU=3nRT で,Cv=3nR, Cp=4nRとなります。

 そこで,比熱比γ=Cp/Cvは単原子分子気体なら1.67で2原子分子気体なら 1.4,そして3原子分子以上なら特別な対称性がない限り1.33になるはずです。

 そこで本当にそうなっているのかどうかを理科年表で確かめてみると,He  1.66, Ar  1.67, H2  1.40, N2 1.40, H2O 1.31, NH3 1.33 とありました。

 これを見ると,必ずしも近似的に理想気体と見なせる希薄気体ではないような実在気体でも,かなり良く適合値を示しているようです。

 ここで,ニフティ「物理フォーラム」でのある方からの質問を呈示してみます。

 "3原子分子であっても,二酸化炭素 CO2が典型例であるように,一直線に並ぶ3原子分子の場合にはどうなるのだろうか?もし厳密に一直線ならば回転の自由度は2なので2原子分子と同じγ,つまり 1.4になるはずですが,理科年表によると二酸化炭素 CO2のγは1.30でしたから,これは普通の3原子分子に近い値です。"

 上記が質問の内容です。

 そこで,これに対する答えを見出すために,これまで考えてきた並進や回転の自由度だけではなく,振動の自由度も考慮するとどうなるかを考えてみます。

 重心の並進運動や回転の運動とは異なり,振動の自由度なら1方向の調和振動に対しては,位置エネルギーと運動エネルギーの2つの自由度があるので,1方向についての平均エネルギーは 1分子当たりkBTになります。

 たとえば静止した固体は3方向に熱振動しているので,常温では1モルにつき,比熱は気体定数をRとして固体の種類によらず3Rとなります。(デュロン・プティ(Dulog-Petit)の法則)

 つまり,1次元調和振動子のエネルギーは E=p2/(2m)
+(1/2)kx2であり,"マクスウェル・ボルツマン分布=古典確率分布"によれば,振動子の座標が(x,p)である確率密度はギブス因子exp{-E/(kT)}に比例します。

 そこで,エネルギー Eを表わす式の中の1つの変数の2乗を与える変数自由度について,それぞれ平均をとると kBT/2 となりますが, E=p2/(2m)+(1/2)kx2の右辺にはp2と x2 の2つの2乗項があるので振動のエネルギーを考えた場合には,平均エネルギーへの寄与は 1分子当たり一つの方向(1次元)について kBTとなります。

 これに対して,重心の自由な並進運動とか,回転運動では位置エネルギーの項はなくて運動エネルギーの項しかない,つまり p2の項しかないので,平均エネルギーへの寄与は1分子当たり1次元について kBT/2 となるのですね。

 とにかく,古典統計力学ではax2 exp {- ax2/(kT)} なる式をx で積分したものを,exp{-ax2/(kT)}をx で積分したもので割ると,必ずkBT/2 になるということを直接計算で確かめることができます。

 これは自由度が1つでもあればそうで,係数aの大きさには無関係です。

 ところで常温での固体では,格子を構成する原子のイオンの熱振動がメインになる(電子振動は無視される)のに対して,気体では、原子の重心運動と回転運動のみがメインとなり,熱振動の自由度や電子の運動の自由度が何故無視されるのかという問題があります。

 これは量子論ではエネルギーが量子化され,統計分布がプランク(Planck)定数hに関係した量子確率分布で与えられるためです。

 こうしたことの理由を簡単に言うなら,物質内部のエネルギーを E としその構成粒子の主要な振動数をνとすると,Eは量子論では大体においてhνの倍数で与えられ,量子統計分布では,先のギブス因子exp{(-E/(kBT)}がexp{-nhν/(kBT)}という形で現われるからです。

 常温のTでは固体の電子の振動や気体での原子振動の振動数や電子の自由度に関わる周期運動の振動数νに対しては,一般にhν>>kBTが成立するので,exp{-nhν/(kBT)} ~ 0 となるためこれらは内部エネルギーにはほとんど寄与しないのです。

 ところが,問題の二酸化炭素:CO2について「甘泉法師さん」から得た情報によると,"二酸化炭素分子の振動データは,次の振動モードのそれぞれについて,全対称伸縮は実測=1333/cm,計算=1373/cm(12CO2),逆対称伸縮は実測=2349/cm,計算=2420/cm(12CO2),変角振動は 実測=667/cm,計算=669/cm(12CO2)となっているそうです。

 一番エネルギーの小さい変角振動について温度に換算すると赤外線温度 1.4387752・667 = 953Kで常温(300K)の約3倍"なので振動を無視できないそうです。

   実際,変角の振動モードに対して,例えば摂氏(Celsius)16度:T=289Kで x = E/(kBT)=3.32を用いて量子論でのモル比熱を求める式(固体のアインシュタインモデルと同じ式)であるCvib=R x2 exp ( x2 )/[exp ( x2 )-1]に代入すると,Cvib=0.43Rとなります。

 変角振動は横波なので縦振動を除いて自由度が2 であるため結局Cvib=0.43R ×2=0.86Rであり,比熱比はγ=1+ R/ (5/2R+Cvib)=1.30となって,めでたく理科年表の値と一致します。

 ただし,こうして正しい値が得られたのは,振動を除く自由度としては原子が1直線状であることを考慮して2原子分子と同様,定積モル比熱がCv=5/2Rの場合に対応する自由度を想定して計算した結果ですから,やはりCO2では回転の自由度は2である,と考えるのが正解のようです。

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2006年7月 5日 (水)

可逆と不可逆のはざ間(エントロピー増大則)

 「覆水盆に還らず。」というように,この世の中では"逆に戻ることができない現象=不可逆過程"が数多く存在します。

 熱物理学では,"何も仕事をすることなく,ひとりでに冷たい物体から熱い物体へと熱が流れることはない。"という表現で「熱力学第二法則」という経験則が原理とされています。実際,それを破る事実は見つかっていません。

 これは数式的には,"孤立系ではエントロピーは減少することはない。増大する可能性しかない。"という形で定式化されています。

 実際,冷蔵庫やエアコンなどでは,モーターによる電気的仕事をすることによって低熱源から高熱源へと熱を移動させているわけで,冷えているものをさらに冷やすには仕事(熱以外の力学的エネルギー)が不可欠なのです。

 しかし,例えば,コップから床に水をこぼした映像を逆回しして映写すれば,こぼれた水はコップの中に戻っていくのが見られます。こぼした水の1粒,1粒をつまんで戻せば逆行可能なのではないか?とも思えます。

 まあ,人事をつくせば可能かもしれませんが,もう一つの例である,水の入った容器に少しだけ赤インクをこぼして放っておいたら拡がっていって,水はうすい赤色に変わった,とかいう現象を映像のように逆に戻すのは大変ですね。

 そもそも,元の現象はひとりでに起こったものです。仮にそれを逆行させることが可能だとしても,その逆行はひとりでに起こるものではありません。

 こうした現象過程のことを不可逆過程と呼ぶわけです。

 そしてこうした事実が,一般に向きに関して対称な空間と,非対称で決まった向きにしか進まない時間とを区別していると思います。いわゆる「時間の矢」というものが存在する原因とも考えられるわけです。

 しかし,通常の力学的現象をつかさどる古典的なニュートン(Newton),あるいはアインシュタイン(Einstein)の運動方程式は,時間反転に対して全く対称な形をしています。

 また.量子論の方程式も,波動方程式の複素共役を取るなど工夫することで,時間反転対称と考えられます。

 したがって,古典論,量子論のいずれにしても,時間 t を-t に変えても本質的に方程式の形は変わらないわけですから,普通の軌道上である時刻に位置は同じで速度の向きだけを逆転した初期条件を与えてやると,その時刻,その点から後は,逆回しのように,元来た道筋を戻っていくわけです。

 摩擦などの散逸があれば,力学的運動方程式の力を与える項に変数として巨視的な速度が含まれるため,方程式が時間反転に対して非対称になることがあります。

 しかし,摩擦などによる散逸の構造も微視的レベルで分子論的に考察すれば,時間反転対称になります。

 そして,全ての物質はこうした時間反転対称な挙動しかしない分子,の巨大な集まりからできている,ということを考慮するなら,"全ての事象は可逆である=逆行可能である。"ということを否定できません。

 では,どこから不可逆という時間の向きが生じたのでしょうか?

 19世紀にボルツマン(Boltzmann)は,次のようにして微視的な可逆力学から巨視的不可逆性が生じることを証明しました。

 簡単のため,特定の気体などが容器に込められているような状況を考え,ある時刻 t に位置 の付近の単位体積当たりに速度が +Δの間にある気体分子数を f (, とします。 

 衝突によって速度 +ΔのΔ から毎秒出て行く分子数を A , このΔ の中に入ってくる分子数を B とすると,Δ の中で1秒当たりの分子数の増分は,B-A= (∂f/∂t )Δ です。

 ただし,(∂f/∂t )Δ は衝突による変化のみを問題にしているとします。

 つまり,∂f/∂t は分子の軌跡( , )を通じての時間微分,つまりラグランジュ微分であって,衝突以外の移流による効果は既にこれに含まれており,分子の正味の流出入は衝突の効果しかないわけです。

 2つの分子を考察し,衝突前の速度をそれぞれ , 1衝突後の速度を ', 1' とします。

  衝突断面積をσとし,運動量とエネルギーの保存を考慮します。

 さらに,"時折繰り返される衝突は完全無秩序である"という仮定=「分子数無秩序の仮定」を導入し,一方の分子の速度領域Δを固定して他方の分子の領域Δ1で積分するという式で(∂f/∂t )Δを表わすと,(∂f/∂t )Δ =-∫σ ( f ・ f1-f' ・ 1' ) d1Δ となります。

 ただし,f = f ( , ) , f1= f ( 1, 1),  f' = f (', ' ), f1' = f ( r1',1')と略記しました。

 ここでボルツマンのH関数:H≡∫( f log f ) d を導入します。このHを t で微分すると,dH/dt =∫(∂f/∂t ) ( log f +1)d ですから,先の式を代入して,dH/dt =-∫σ ( f ・ f1-f'・ 1' ) ( log f +1)d1 となります。

 この表式で1 を入れ替えても値は変わらないし,さらにその2つの式で v' ,11'を同時に入れ替えても値は変わらないので,同じ値を表わす4つの式が得られます。

 それら,4つの表式を全て加えて4で割ると,dH/dt=(1/4)∫σ ( f ・ f1-f'・ 1' ) log [f '・f1'/ (f ・f1)] d1 となりますが,容易に証明できるように,これは決して正にはならない量です。

 つまり,どんな時刻 t であろうと dH/dt ≦ 0 であり,Hは時間と共に減ることはあっても増えることはありません。これを「ボルツマンのH定理」と言います。

 ところで,別の統計力学的考察から, f を∫f d = n ( n は系の単位体積当たりの分子数)となるように規格化したとき,系の単位体積当たりのエントロピーをS としkをボルツマン定数とするとS=-kHとなることがわかります。

 そこで,「ボルツマンのH定理」は「エントロピー非減少(増大)の原理を」証明したことになります。

 ボルツマンは元の個々の分子の可逆な(時間反転不変な)方程式から,"時間が1方向にしか進まない"="エントロピーは増大するのみで減少することはない"という不可逆性の法則を導いてしまったことになります。

 一体,どんなマジック(魔法)を使ったのでしょうか?

 当然のことながら,彼は方々から激しい批判を受け,結局ボルツマンは自殺してしまう,という悲劇を迎えるのですが,特に「ロシュミット(Loschmidt)の逆行性批判」と「ツェルメロ-ポアンカレの再帰定理(Zermelo-Poincare' recurrence theorem)」というのは有名です。

 このうち,再帰定理というのは大したものではなく,水に赤インクの例でいうと,"非常に長時間=宇宙の年齢よりもはるかに長い時間"が経った後には最初の状態に戻る可能性もある,という定理です。

 これは,そもそも逆行性=可逆性についての批判ではありません。また,巨視的現象の時間スケールとしても,妥当なものではありません。

 例えば,量子論では分子,原子という粒子も確率の波ですから,どこに存在する確率もゼロではありませんから,檻の中にいるライオンでもそれを構成する1つ1つの分子に着目すると,全ての分子が檻の外に出る確率は全くゼロではないということになります。

 これは,"ほんのたまにはライオンはひとりでに檻の外に出てしまう",ということもある,ということを主張しています。

 実際,ライオンが檻の外に出る確率はゼロではありませんが,計算するまでもなく,そんなことは宇宙が誕生してから今まで,を1億回繰り返しても,1回も起きない事象であることは明らかです。

再帰定理の時間スケールは,こうした話と大差ないと思えます

 一方,「ロシュミットの逆行性批判」は正に当を得ていて,今この瞬間に全ての分子で時間を逆行させる(つまり全ての分子で速度を逆転させる)と,全ての分子はその向きを逆に変えて運動するわけですから.ボルツマンのHは過去に向かっても減少するしかないわけです。

 そうすると,"どの時刻でも今のHが最大である。"ということにしかなりませんから,これは明らかに深刻なパラドックスです。

 ランダウ(Landau)の「統計物理学」では,"今のエントロピーが最低である=エントロピー増大則も時間反転不変である。"ということを主張しています。

 そして,それを説明するのに,何事にも始まりがあり,測定を始めた,あるいは宇宙が始まった時刻をゼロとして負の時刻(それより前)は考える必要はない,という説明をしています。

 しかし,どんなマジックにも種があります。実は導入した「分子数無秩序の仮定」,あるいは「衝突数算定の条件」というものから確率という要素が入ってくるというのが種なのです。

 これは微視的には,"時折繰り返される衝突は完全無秩序である"とか,"衝突前には2粒子間に統計的相関がない"というものです。

 これには,既に時間は無秩序の向きに進むという非対称性が含まれているわけで,無秩序であるということには大きい体積にいる方が確率的に可能性が高い,など確率の条件が含まれた結果として,H定理が得られたわけです。

 そして,元々エントロピーは伝統的な熱統計物理学では平衡か局所平衡の場合に限って定義される量ですが,ボルツマンのH関数は,より普遍的なものなので,S≡-kH で逆に非平衡なときのエントロピーの定義を与えることができる,と解釈することもできます。

 情報理論では情報エントロピーの定義は,正に f を∫f d = 1と1粒子分布関数,つまり,確率密度として規格化したときの ボルツマンのH関数に負号をつけたものに一致するわけです。

 そして,情報エントロピーが大きい,というのは情報量(知っていること)が少ない,ことに対応します。初め,何らかの情報を持っていても"何もしなければ"時間とともに情報量は減っていきます。情報は古くなるとひとりでに価値が減少していきますからね。

 時間の向きは,"何も知らない向き=無秩序の向き"に向かって進むというわけです。知らないことが多いほどエントロピーが大きいというのは通常の物理学でも同じことです。

 例えば,地球上で普通に暮らしているときは近くの景色を見ると,その詳細である家や人や道などが細かくわかりますが,次第に遠ざかって東京タワーの展望台などから見ると塊にしか見えず,さらに宇宙旅行すると"地球は青かった"程度の情報しか得られないことになります。

 こうして遠くから俯瞰した状況を"粗視化する"と言います。「分子数無秩序の仮定」というのは正に"ディテールを無視して粗視化せよ"と述べていることに相当するのです。

 というわけで,結局,不可逆性が生じるのは微視的な巨大な個数の分子はその個性を失い,"確率的=粗視化"した状況と見た結果だということになります。

 しかし,天気予報や地震予知などは初期条件,境界条件のカオス(混沌)的な無知の効果を受けて,完全な予測計算が不可能である,とは言っても,流体における乱流と同じく,もし完全な知識があれば全く誤差のない実験などと同じように,原理的には完全な予測が可能です。

 このような意味で,"カオス=無知"でもって「ラプラスの悪魔(Laplace's demon)」を完全に退治することはできません。

 「ラプラスの悪魔」というのは,"我々個人が,どのような決断をしたつもりであっても,宇宙開闢の初めから人間を含む全ての物質はそれを構成する分子,原子の基本的な運動方程式に従って動くだけで,運命は決まっていてどうすることもできない。"という運命論(人間機械論)を悪魔になぞらえたものです。

 人間の自由意志が「ラプラスの悪魔」を完全に退治するためには,量子論の粒子と波動の二重性,すなわち,分子も原子も確率の波であって,その軌道すら原理的には決められない,という実在主義の否定が必要だと思います。

(参考文献;テル・ハール著「熱統計学」(みすず書房)、一柳正和著「不可逆過程の物理」(日本評論社)、豊田正著「情報の物理学」(講談社)  )

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2006年6月 8日 (木)

気体の浮力(アルキメデスの原理)

 浮力というのは小学生など素養のない人に説明するなら,上下の圧力差が原因であるであるという説明よりも,例えば水中の物体にかかる浮力というのは,もしその物体の水中部分をくりぬいてその部分を全部水でおきかえた場合に,その水は全体の水と同じように支えられて全く動かないだろう,という説明のほうが簡単だろうと思います。

 「浮力=物体が押しのけた流体の重さ」というのが古来からあるアルキメデスの原理ですが,結局はその浮力の起源は上下の圧力差であるというのが正確な説明であるだろうとは思います。

 空気のような気体で考えると,上下の圧力差というのは,もちろん,下から衝突する空気分子の衝撃のほうが上からのそれより大きいから生ずる,ということになります。

 空気の分子量をM,空気の密度をρとすると,P=ρRT/M というのが気体の状態方程式です。

 上下に絶対温度 T の差はないわけだし,上からも下からもぶつかる空気分子の速度 v は√Tに比例するのですから,どうして圧力差が起きるのか不思議です。

 1つの分子の質量は同じであって1つ当たりのぶつかる速度が上下で同じだというのですから,圧力差があるのは衝突する分子の個数のほうに上下差があるということしか考えられません。そうです,密度ρが上下で違うのですね。

 しかし,一般に重力の効果は∂P/∂z=-ρgという静力学平衡の式が成立しているから,密度一定なら物体の上下で圧力差ΔP があるのはΔP=-ρgΔz という式が成立するからであるということになります。

 この考えでは,密度はほぼ一定であるから押しのけた流体の体積 Vと同じ重さのρgV が浮力であるという話ですから,上述の密度が違うからだ,という考察とは一見矛盾しているように見えます。

 しかし,T が一定であるという仮定のもとで,気体の状態方程式 P =ρRT/M と静力学平衡∂P/∂z=-ρg を連立させると,dρ/dz = ーMgρ/ RT という微分方程式が成立し,これを解くとρ=ρ0 exp(-Mgz / RT)となります。( ただしρ0 を z=0 での空気の密度とします)

 これによると気体の場合にも,密度ρについて上下差Δρ=-ρ0 Mg / RTが生じているので,やはりΔP =ΔρRT/M =-ρ0 g Δzとなります。

 結局はρが ρ0 に変わるだけで,矛盾は生じないということになりますね。つまり,「密度がほぼ一定である」という仮定のほうがおかしかったのです。

 しかし密度がρ=ρ0 というのは地上 z=0 付近の話だけで,気球が飛ぶような高さでは密度差だけでなく,上下の温度差ΔT によって1つの衝突分子の速度 v に差がある,ことも圧力差の原因になります。

 つまりΔP =ΔρRT /M+ ρRΔT/Mですね。

 まあ,結局は∂P/∂z =-ρgで Δz という微小な高低差程度ではρは一定 としてよいのでΔP=-ρgΔz であるとするのが正しいわけです。

 でも,微視的に,つまり分子論的に考察するならば,浮力を生じる圧力の差の要因としては結構いろいろと考えるに足りる内容があるのではないか,ということが言えます。

 水のような液体では理想気体の状態方程式 P=ρRT/M は成立しなくて,ρ=一定としてよいので,∂P/∂z=-ρg からそのままΔP=-ρ gΔzだけで解釈して差し支えないと思います。

 つまり,圧縮性流体と非圧縮性流体で浮力の解釈は違っているのですが,結果的にどちらの解釈でも,圧力差に起因するという説明は同じであって,とにかく共通の法則であるアルキメデスの原理は成立する,ということになります。

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2006年5月21日 (日)

ブラウン運動とフラクタル次元

  風邪が峠を越して快癒に向かっています。ですがあまり食べていないので気力と体力は少し萎えています。

 今日はブラウン運動と確率微分などについて少しの知見を書いてみようと思います。

 そもそもこういう話を最初に紹介してくれたのは,予備校MアカデミーのS田先生です。彼はもともと宇宙航空関係の仕事をしていたらしいのですが本当の専門はやはり私と同じく素粒子論です。

 ただし,私より様々な自然科学分野の興味が広いらしいので教えてもらったことも多いです。

 ただ,自然科学以外に興味を持たないのが彼の若干の欠点かもしれません。それでよく子供ができたものだと思います。(大きなお世話か?)

 彼の紹介してくれた話は,自然科学におけるブラウン運動は確率過程の一種であり,マルチンゲールと関わる株価変動の過程と非常に類似しているという内容のことです。

 確率微分方程式つまり,通常の微分ではなくて確定値をもたない確率変数による微分で積分を定義する伊藤積分を使用することにより,例えば確率分布を対数正規分布と仮定して株価を予測するブラック・ショールズ方程式(Black-Scholes)などを構成できるというものです。

 マルチンゲールというのは現在の時点で将来の期待値を予測計算すると,それは現在の値に等しいという性質のことで,何のことはない,将来を予測しても平均すると今と同じにしかならないということです。

 (ゼロ・サムという意味でしょう。)

 マルチンゲールは,上に述べたように株価変動のような確率過程は時間が経過していっても,結局,基本的には何も儲かることはない,というのが原点の話のようです。

 何か,株価を左右する作用因となるモデルを挿入しない限り,株価を予想することはできない,ということになる当たり前の話です。

 ブラック・ショールズのモデル式も理論的には「ノーベル経済学賞」をもらったほどの優秀な理論ですが,実用的意味で株価予測モデルとして使えるかどうかは,疑問です。

 実は,私も以前,保江邦夫氏の書いたブルーバックスを参照して,ブラック・ショールズモデルによる株価予測プログラムをエクセルで作ったことがあります。

 しかし,そのときの作用因は「月齢」というまったく非科学的で根拠のないものです。まあ,お遊びですから,月の満ち欠け次第で,株価が上がったり下がったりするというようなプログラムを作ってみただけです。

 一方,ブラウン運動の経路というのは,いたるところ微分不可能であるようなジグザグ曲線で,有限な領域を運動しているにも関わらず,その経路の長さは無限大になります。

 しかし,それは実は当然のことで,ブラウン運動の経路は曲線であるにも関わらずハウスドルフ次元(Hausdorff 次元)は1次元ではなくて2次元なのです。

 つまり,ブラウン運動の描くのは,見た目では曲線であるものの,ある意味で面を塗り潰しているようなものです。

 それは面積としてはいくら小さくても,その面積を全部,線の長さに変えてしまうと,長さとしては無限大になるというわけです。

 有名なところでは,ペアノ曲線(Peano曲線)というのがあります。これは平面や立体などを全部,曲線で覆うことができるというもので,ペアノの発見した驚くべき話です。

 一般に,トポロジー(位相幾何学)の見方では,次元というのは写像に関しての不変量です。つまり,「集合をある連続写像で別の集合に写したときには,元の集合と写された集合の次元は全く同じでなければならない,のが当然である。」というわけです。

 したがって,トポロジー的(位相的)には「1次元の写像である曲線で2次元の面を覆う。」などというのは,とんでもない話であるわけです。

 このトポロジーでの,われわれが通常用いている空間3次元,平面2次元などの次元のことは,位相次元といいます。

 では,なぜペアノ曲線などが有り得るのか?というと,それは次のような理由になります。

 トポロジーによると,2つの集合AとBの間に「連続写像で,かつその逆写像も存在して連続である。」という同相写像の存在条件が満たされていることがAとBが同相であるための必要十分条件です。

 そして,先の命題は,「同相な多様体(空間,集合)では,その次元も同じである。」ということを述べているに過ぎないわけです。

 したがって,花粉の運動から発見されたブラウン運動などは連続な曲線を描くのですが,いたるところ微分不可能な曲線である。ということは,「逆写像が存在して連続である。」というわけではないということになります。

 このブラウン運動の描く軌道曲線の写像は,当然ながら,トポロジーの意味で同相写像ではないということですね。

 ブラウン運動の曲線は有界変動ではないので,この経路を積分測度(長さ)として解析学などで普通に積分として使用されているルベーグ-スティルチェス積分で線積分を定義しようとしても定義できません。

 そこで,有界変動でないものについても積分を定義できる方法を第2次大戦中だったか,その直後だったかに考え出したのが,日本の伊藤清氏です。

 彼の考案した確率積分を伊藤積分と呼びます。これはマルチンゲールの性質を満たしています。

 こうした特殊な積分では,積分和を作るのに微小積分区間の先頭の値を取るか,中央の値を取るか,後ろの値を取るか,によって極限値としての積分が異なるのですが,伊藤積分は先頭値を取ることによりマルチンゲールが成立するようになっています。

 中央値を取る積分はストラトノヴィッチ積分と呼ばれます。例えば量子力学での経路積分は,通常は中央値を用いて定義されるので,ストラトノヴィッチ積分に相当するものです。

  最近フラクタルという話もよく聞きますが,フラクタル次元というのはハウスドルフ次元と同じような意味で使います。

 例えば,日本の国のある島の面積の値なら確かに測定することにより決めることができますが,その島の周りの長さというものは,いくら測定しても事実上決定することはできません。

 つまり,「島の周りの長さを測る物差しのサイズが小さければ小さいほど,その長さが大きい値に測定されてしまう。」ということが起こるからです。

 フラクタルというのは,三陸やフィヨルドにあるような「リアス式海岸」の形に似ていて,ある図形の各部分が元の図形と相似である,つまり,図形の輪郭の細部を顕微鏡で見ても大きさは小さいが形は全体と全く同じ,というものです。

 こうしたフラクタル図形の周囲の長さ,非常に短い物差しで測ると,測り切れなくて,長さの総和は物差しのサイズがゼロの極限では無限大になってしまうことになります。

 厳密には,ハウスドルフ次元が,位相次元を超えるものが「フラクタル」と呼ばれるものです。

 長さというのは,位相次元が1の量なのに,それで測って無限大の長さになるということは,ハウスドルフ次元が"位相次元=1"より大きいということです。

  ハウスドルフ次元の定義というのは,説明が結構むずかしいです。

 参考書によれば,「ある位相次元がnの図形を,その一辺の長さが高々δであるような微小なもののN 個の集まりとしたとき,H (s)≡N・δs (δ→ 0, N→ ∞ )が,s<mなら無限大に, s>mではゼロとなるとき,その境界の m をハウスドルフ次元と呼ぶ。」とあります。

 例えば,位相次元が2の正方形の各辺を等分すると,次元 2の微小な正方形の集まりとなります。それを全部加えると,どんなに細分しても合計の面積は有限で同じ値になります。

 ところが,その面積を次元1の微小な線分の集まりとすると,通常はその全ての線分の長さの合計は無限大になります。

 一方,次元が3の立方体の集まりと考えると,体積としては常に高さがゼロなので総体積はゼロです。

 したがって,無限大とゼロの境界の次元2がハウスドルフ次元となると解釈されます。

 フラクタルとか,ブラウン運動とかではない通常の図形の場合なら,ハウスドルフ次元は位相次元と一致するわけですね。

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