ボルツマン方程式と緩和時間
表題のテーマについて詳細に説明すると約束して
いましたが,これについても本ブログの2008年に
関連の過去記事があったので,今回はこれらの記事
を再掲載することから始めます。
※以下,まず,再掲記事第1弾:2008年11/2にアップ
した古典統計力学においての考察記事です。
表題「ボルツマン方程式とH定理」
今日は,不可逆過程の要因解明の関連で.
「ボルツマン(Boltzmann)方程式」と
「ボルツマンのH定理」について述べたい
と思います。
まず,質量がmで全分子数がNの気体が速度vと
v+dvの間にある粒子数の分布をf(v)dvと
します。
簡単な考察によって,絶対温度Tで熱平衡状態に
ある場合,f(v)はMaxwell-Boltzmann分布,つまり,,
f(v)=N[m/(2πkBT)]3/2exp[-mv2/(2kBT)]
に従うことがわかります。
これは,∫f(v)dv=Nと規格化しています。
次に,同じ気体分子が非平衡状態にあるとして,
その分布関数を位置rと速度v,および,時刻tの
関数としてf(r,v,t)と表記します。
つまり,時刻tにrとr+dr,vとv+dvに
ある分子数をf(r,v,t)drdvとします。
これも,∫f(r,v,t)drdv=Nと規格化して
おきます。
このとき粒子の衝突を無視した自由運動による
各位置の近傍での粒子数の保存を示す連続の方程式
は,∂f/∂t+v∇f=0 となります。
これはリウビル(Liouville)の方程式を分布関数で
与えたものとなっています。
しかし一般に非平衡状態では衝突による粒子数変化
による「湧き出し項」として.衝突項が存在して連続
の方程式は∂f/∂t+v∇f=(∂f/∂t)coll と
なるはずです。
これを「ボルツマン(Boltzmann)(輸送)方程式」
と呼びます。
そして,ある時刻tに速度v’とv1’をもつ粒子対が
衝突して単位時間に速度vとv1との粒子対となって,
v~v+dv,v1~v1+dv1領域に
入ってくるプロセスの頻度を,
σ(v,v1|v’,v1’) とします。
これと全く逆に,v~v+dv,v1~v1+dv1領域
から出て行くプロセスの頻度を
σ(v’,v1’|v,v1) とします。
すると,衝突(湧き出し)項は,
(∂f/∂t)coll
=∫σ(v,v1|v’,v1’)f(r,v’,t)
×f(r,v1’,t)dvdv1dv’dv1’
-∫σ(v’,v1’|v,v1)f(r,v,t)
×f(r,v1,t)dvdv1dv’dv1’
になると考えられます。
ところで力学の時間反転に対する対称性
から,vとv1からv’とv1’に変わる頻度は,
-v’と-v1’から-vと-v1に変化する頻度
に等しい。ということがいえます。
つまり,σ(v’,v1’|v,v1)
=σ(-v,-v1|-v’,-v1’)
と考えられます。
この等式を「衝突数算定の仮定」といいます。
さらに座標軸の向きを逆転させても,こうした
プロセスの頻度は同じと考えられるので,
σ(-v,-v1|-v’,-v1’)
=σ(v,v1|v’,v1’)
も成立するはずです。
そこで,結局
σ(v,v1|v’,v1’)=σ(v’,v1’|v,v1)
としてよいと考えられます。
ここで略記法として,
f=f(r,v,t), f’= f(r,v’,t),
f1=f(r,v1,t),f1’≡ f(r,v1’,t)
と置くことにすれば,
衝突項は,(∂f/∂t)coll
=∫σ(v,v1|v’,v’1)( f’f1’- f f1)
dv1dv’dv1’と簡単になります。
気体分子の衝突は,弾性衝突と考えてよいので,
衝突1の前後でエネルギーも運動量も保存されると
考えられるため,v+v1=v’+v1’かつ,
v2+v12=v’2+v1’2 以外の場合には.
σ(v,v1|v’,v’1)=0 です。
Boltzmann方程式が「不可逆過程」を記述している
ことを示すために,ここで「ボルツマンのH関数」
という関数:Hを.
H(r,t)=∫f(r,v,t)logf(r,v,t) dv
で定義します。
ここでlog=ln (自然対数)lnを意味します。
このとき,∂H/∂t=∫(∂f/∂t)(logf+1)dv
と書けますが,これにボルツマン方程式:
∂f/∂t+v∇f=(∂f/∂t)coll を代入すると,
∂H/∂t=∫(logf+1)[-v∇f+(∂f/∂t)coll ]
=-∇[∫v∇(flogf)dv]
+∫(logf+1)(∂f/∂t)colldv
となります。
この右辺で,1×(衝突項)の部分の積分は,
∫(∂f/∂t)colldv
=∫σ(v,v1|v’,v’1)( f’f1’- f f1)
dvdv1dv’dv1’です。
これは,σ(v,v1|v’,v’1)の,
v,v1,v’,v1’の粒子交換に対する対称性
と.( f’f1’- f f’)の交換反対称性から,
ゼロとなります。
したがって,Hの流れとして
JH=v∇(flogf)dvを定義すると,
∂H/∂t+∇JH
=∫[(logf)(∂f/∂t)coll]dv
となります。
これは,ボルツマンのH関数の.流出入以外の
正味の生成である,dH/dt=∂H/∂t+∇JH
が,∫[(logf)(∂f/∂t)coll]dvで与えられる
ことを示しています。
そして,∫[(logf)(∂f/∂t)coll]dv
=∫[(logf)σ(v,v1|v’,v’1)( f’f1’- ff1)]
dvdv1dv’dv1’です。
この式の右辺は,
∫[(logf1)σ(v1,v|v1’,v’)
×( f1’f’- f1 f)]dvdv1dv’dv1’,
∫[(logf’) σ(v’,v1’|v,v1)
×( f f1-f’f1’)]dvdv1dv’dv1’,
∫[(logf1’)σ(v1’,v’|v1,v)
×( f1 f-f1’f’)]]dvdv1dv’dv1’
の全てと等しいことになります。
しかも対称性からこれらのσは全て等しいので
簡略してσ(v,v1|v’,v1’)を単にσと
略記することにします。
すると,∫[(logf)(∂f/∂t)coll]dv
=(1/4)∫[σ( f’f1’- ff1)
×(logf+logf1-logf’-logf1’)]
dvdv1dv’dv1’
=(1/4)∫[σ( f’f1’- ff1)log(ff1/f’f1’)
dvdv1dv’dv1’
と書けることになります。
ところが,σは衝突頻度ですから,当然σ≧0 であり
しかも,(x-y)log(y/x)≦0 ですから,結局,
dH/dt=∫[(logf)(∂f/∂t)coll]dv≦0
が示されたことになります。
つまりボルツマンのH関数は時間と共に,常に一定.
または,減少する,ということが示されたわけです。
こうして,時間反転不変=可逆な力学法則から,
どういうわけか不可逆変化が導かれました。
これを,「ボルツマンのH定理」といいます。
しかし,これに対しては,
「ロシュミット(Loschmidt=の逆行性批判」という
有名な反論があります。
すなわち,「ある瞬間に時間的変化を反転する,
つまり全粒子の向きを逆転させると逆にHは過去
に向かって減少する,または未来に向かっては増加
することになる。」という反論です。
これは,まことにもっともな話です。
こうしたさまざまな反論に悩んだ末に,とうとう
ボルツマンは自殺に追い込まれてしまったのです。
今考えると,実はH定理は確率法則による定理で
あり,例えば衝突頻度σに対して「衝突数算定の仮定」
が導入されています。
既に,「速度空間の大きい体積の方には,小さい体積
よりも粒子数が多いはずである。」などの等重率の原理
のような確率的構想が入っていて,単純な可逆的力学
法則からの確率概念的な飛躍があることに気づきます。
というわけで,確率法則としてボルツマンのH定理
の主張は正当である,と認めて問題ないと思います。
ところで,H関数は非平衡状態に対して与えられたもの
ですが,熱平衡状態は∫[(logf)(∂f/∂t)coll]dv=0 ,
つまり,ff1=f’f1’であること,に対応します。
そして,このときはfをrで積分したものが,速度vに
対するMaxwell-Boltzmann 分布を与えます。
平衡統計力学においてのみ定義され,数式的に
与えられるエントロピーSを計算すると,
これは,ボルツマンのH関数と.
S=-kB∫H(r,t)dr+(定数) という関係
にあることがわかります。
そこで、エントロピーの概念を拡張して,非平衡状態
でもエントロピーSをS=-kB∫H(r,t)drで定義
すればよいのでは? と考えることができます。
「孤立系=(構成粒子の流出入のない系)では.
エントロピーは常に増加する。」という熱力学第2法則
は,平衡状態に対するボルツマンのH定理の言い換えに
過ぎない,ということにもなります。
(参考文献):
北原和夫 著「非平衡系の統計力学」
(岩波基礎物理学シリーズ)
エリデ・ランダウ 著「統計物理学」(岩波書店)
テル・ハール「熱統計学Ⅰ」(みすず書房)
(以上,再掲記事(1)終わり※)
(※次に,再掲記事第2弾 2008年11/8アップ)
表題「量子的ボルツマン方程式」
「古典的気体分子」ではなくて「金属内の自由電子」
という量子的”フェルミ気体“にボルツマン方程式;
∂f/∂t+v∇f=(∂f/∂t)coll を適用すること
を考えてみます。
hc=h/(2π)とすると,波数kの電子波束の速度
=(群速度)は,vk=(1/hc)∂εk/∂kであり.kの時間変化
は,外力として電場Eがあるときには電子の電荷をe(<0)
として,dk/dt=eEhhcとなります。
そして,波数がkの電子波束をフェルミ粒子として,
その分布関数をfkとすると,
「量子的ボルツマン方程式」は,
∂fk/∂t+vk∇fk+k(∂fk/∂k)=(∂fk/∂t)coll
となります。この左辺の第3項は,電場による波束の変化、
つまり,運動量;p=hckの時間的変化による分布の変化
を示しています。
波数:k’+dk’とk1’+dk1’の間の電子波束対
が衝突して,単位時間に波数:kとk1の波束対となり,
k~k+dk,k1~k1+dk1領域に入ってくる散乱
の確率を,σ(k,k1|k’,k1’)dk1dk’dk1’
とし,これと全く逆にk~k+dk, k1~k1+dk1
領域から出て行く散乱の確率を
σ(k’,k1’|k,k1)dk1dk’dk1’
とします。
気体分子運動論のときと同様に,f=fk ,f1=fk1,
f’=fk’,f1’=fk1’と置くと,衝突前の波数:k,
k1の波束の減少は(ff1)にも比例しますが,衝突後
の状態:k’とk1’が占有されていないことが必要
なので,(1-f’)(1-f1’)にも比例します。
したがって,”衝突項”は,
(∂f/∂t)coll=∫σ(k,k1|k’,k1’)f’f1’
×(1-f)(1-f1) dk1dk’dk1’
-∫σ(k’,k1’|k,k1)ff1(1-f’)(1-f1’)
dk1dk’dk1’
となる,と考えられます。
量子力学でも時間に関する可逆性,空間反転対称性
は成り立ち「衝突数算定の仮定」の統計的意味は,
量子力学自体が確率現象なので,さらなる重みを
持ちます。
それ故,(∂f/∂t)coll=-∫σ(k,k1|k’,k1’)
[ff1(1-f’)(1-f1’)
-f’f1’(1-f)(1-f1)]dk1dk’dk1’
となるはずです。
量子論でのフェルミ粒子系のエントロピーは.
S=-kB∫[flogf+(1-f)log(1-f)]dk
ですから,このときのH関数は.
H=∫[flogf+(1-f)log(1-f)]dk
と定義すればよい,と思われます。
古典論と同じように考察して,
dH/dt=∫[log{f/(1-f)}(∂f/∂t)coll]dk
=(1/4)∫σ[f’f1‘(1-f)(1-f1)
-ff1(1-f’)(1-f1’)]log[ff1 (1-f’)(1-f1’)
/{f’f1’(1-f)(1-f1)}]dkdk1dk’dk1’
と書けます。
そこで古典的気体分子運動論と同じく,金属内の
「フェルミ気体」である自由電子の運動論でも,H定理:.
dH/dt=∫[log{f/(1-f)}(∂f/∂t)coll]dk≦0
が成立して,ぉれがエントロピーの増大則:dS/dt≧0
を保証します。
今度の場合では,熱平衡状態というのは,
∫[(logf)(∂f/∂t)coll]dk=0 ,すなわち,
ff1/[(1-f)(1-f1)]
=f'f1'/[(1-f’)(1-f1’)]に対応しており,
fがフェルミ・ディラック分布:
f=1/[exp{(εk-μ)/(kBT)}+1]
に従うならば,この条件は確かに満足されて
います。
(参考文献):
北原和夫 著「非平衡系の統計力学」
(岩波基礎物理学シリーズ)
(以上,再掲記事(2)終わり※)
さて,「ボルツマン方程式」を古典論と量子論の両方
で定義し,考察した過去記事を上に紹介しましたが,
これらの主眼は,「ボルツマンのH定理」の数学的証明
を与えて解釈することにあり,「時間反転不変で可逆的
な1粒子の基本運動方程式から,多体系に移って統計的
に扱うときには,如何にして時間を逆行することができ
ないという巨視的意味での「不可逆性」が導入され,
正当化されるか?を述べた記事たちです。
では,最初,固体系内の電子が陽イオン芯であれ,フォノン
であれ,衝突して散乱される際,その衝突間に自由な運動を
する平均時間として導入され,定義された「緩和時間」と
いうのは,ボルツマン方程式の中ではどこに現われている
のでしょうか?
fを位置rと速度v,時間tの関数としての分布関数
とすると,素朴なボルツマン方程式は,
∂f/∂t+v∇f=(∂f/∂t)coll ,
あるいは,∂f/∂t+v∇f-(∂f/∂t)coll =0
で与えられるものでした。。
これに緩和時間の概念が入るとしたら当然,
衝突項:(∂f/∂t)coll の中でしょう。
緩和時間τは,たまたま,手にとった参考書によれば.
(∂f/∂t)coll=[f(r,v)-f0]/τ
なる式で定義されるとあります。
ただしf0は電場などの外力が無いときの熱平衡状態
の分布関数(古典論ではMaxwell-Boltzmann分布,
量子論ではFermi-Dirac分布)であり,
右辺のf(r,v)は電場Eなど外力があるときの,
左辺の分布関数f(r,v,t)が,t→大で平衡に
達したときの分布てす。
(参考文献):
「量子物理学入門」(東京電機大学出版会),
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