014 ノン・フィクション

2011年10月 7日 (金)

東電OL殺人事件(続きの続き)

 2011年7/21のブログ記事「東電OL殺人事件,冤罪か?」,および8/25の記事「東電OL殺人事件(続き)」の続報です。

 8月25日の記事で佐野真一氏のノン・フィクション「東電OL殺人事件」(新潮文庫)を買って読み始めたと書きましたが約一ヶ月で読み終えました。

 

 実は,上野動物園に遠足に行った9月27日の前日26日には読了してスグにでも感想を書こうと思っていたのですが色々と野暮用があってやっと記事を書く気になりました。

 読み終えるのに一ヶ月もかかったのは,小説と違って没頭して一気に読むということがなかったのと,目が悪くて老眼鏡に頼ったり,最近は時に不定愁訴のようなモノが起きて読書どころではなくなったりするのが理由です。

 さて,東電OL殺人事件に関心を持った理由は冤罪事件であろうということもありますが,被害者の不可解な特殊性に好奇心が湧いたからです。

 この事件は,1997年3月に渋谷駅近く(渋谷区神泉)で,円山町界隈で売春婦(街娼)をナリワイとしていたらしい渡邊泰子さん(39歳)が殺害された事件です。

   

 (今生きていれば,まだ53歳ですね。)

 そして,近くに住んでいたネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリさん(現44歳,当時30歳)が逮捕され,2001年の一審は無罪でしたが検察控訴後,有罪で無期懲役となり現在も服役中です。

 14年間も妻子がいる故郷(ネパール)にも帰れず拘束されています。

 どうとでも認定できる情況証拠(でっちあげ?)ばかりで,物的証拠がほとんどないのに,死後10日くらいで発見された死体のトイレに捨てられていた誰のモノかわからない精液の血液型と本当にそんな古い精液から検出可能か疑わしいDNAが,被疑者のそれらと一致したということです。

 詳細は,「東電OL殺人事件」→ http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/touden.htm などのホームぺージ参照してください。

 しかし,最近の鑑定で,その唯一の?物的証拠のDNAも別人のモノらしいということで,冤罪が濃厚です。

 でも,本当に驚いたことは,被害者女性が昼間は東電の企画調査室副長で世間でいわれるところのエリートのOLであったということです。

 彼女は,当時は(特に東電では)珍しい女性管理職で,その給料による年収も1千万円近くもあったようです。

 母と妹との3人暮らしの持ち家自宅通勤で,借金も無いし特別誰かに貢いでいたということも無いらしく,お金に困る理由は全くないと考えられます。(セックスも好きじゃなかったようです。)

 それにも関わらず ,毎晩,円山町の街角に立って"夜たか"のように客を引き身体を売っていたという事実です。

 殺されていたのは,誰も住んでいないアパートの空室で,買春客の接待に高級料理やラブホテル使うなどのゼイタクはせず,倹約していたらしいです。

 一晩で4人というノルマをかけてお得意客はノートに付けていたという几帳面さからも,ほんの気まぐれでの売春でなかったことがわかります。

 亡くなった頃は,1回最低2千円で身体を売っていたという事実もあります。

 当時は,被害者のこうした特異な状況が,三面記事的話題に上って,映画化もされたらしいですね。 

 

 私も野次馬根性で少し興味を持ちましたが,やがて忘れていました。

 佐野真一氏は坂口安吾の「堕落論」をしきりに引用していましたが,確かに当時村上龍氏によって書かれた「限りなく透明に近いブルー」という作品が芥川賞を取ったこともあったようで,

 モラルにシバられることのない一部の男性と同様,セックスも自由で人間として今を楽しむことは人間の解放にも繋がるというような「翔んでる女」であった,という線もアリかも知れませんが,それは飛躍し過ぎでしょう。

 彼女の「堕落」の原因要素としては。

1. 被害者の泰子さんを溺愛していた父親が彼女が20歳のときに,同じ東京電力で重役になる一歩手前の52歳でガンのため亡くなったこと。

(父親は彼女(長女)ベッタリ,一方,母親は妹(次女)と一卵性母娘のような関係で,父の死後,家庭では孤立感があったらしいこと。)

2. 28歳当時には拒食症にかかっていること。

3. 第一志望の父親の出身校である東京大学に受験失敗し,結果,慶応大学に入ったこと。

 その結果か?東電をも管理し得る?キャリア官僚になれなかったこと?(しかし国家公務員試験を受けたかどうかも定かではないので,単なる邪推?)

 そうした父親のカタキ討ち的要素も有り得るというに過ぎません。.

4.社内エリートにのみ許される?ハーバード大への留学研修etc.でもう1人だけいた女性総合職の同僚に負けたこと。

 しかし,この理由3,4は失礼な憶測です。

 彼女がこういう過度と思える上昇志向性(出世欲)を持っていたか?については不明ですし,私のような人間には例えば学歴が慶大でも東大でもそれほど違いは感じません。

 あくまで憶測であると但し書きありますが,佐野氏の結論めいた話は

 "意に染まないと思われる売春行為のノルマは,近親相姦的なエレクトラコンプレックス(ファザコン)を持つ彼女が,亡父が期待したであろう理想の姿になれない自分に対して課した処罰ではないだろうか?"

というものです。

 これは,佐野氏と交流のあった精神科医の斉藤学(さいとうさとる)氏の言う"懲罰的超自我"を参照とした論点です。

 実際,拒食症患者の中には,そういう懲罰的行動に向かう例があるらしいです。

 こうした分析をしても,全ては憶測ですし,本当のところは本人にしかわからない部分が多いでしょう。

 イヤ,超自我とでも呼ぶべきものが原因なら,本人が生きていても自分でさえわからないかも知れません。

 一種の病気だと仮定して一般的な議論をしても,その他大勢に当てはまることが,天才,またはエスパー的かもしれない特殊な個人に当てはまるかどうかはわかりません。

 自分たちがそうであるからといって,他人もそうだろうと思うのは僭越であり,思い上がった行為です。

 女性にしては病的なほど体の線が細かったらしいので,普通に考えると精神の病を患っていたとは思います。

 拒食症の原因の多くが,ある種の潔癖症にあること,

 そして,うつ病の原因の多くは私自身の経験も含め,彼,彼女は"完全主義者"であり自分の完全でない部分があることを異常に悩みこだわるような傾向があることは事実だと思います。

 しかし,精神を論じる場合には,誰であろうと,どこまでが性格(人格)に属し,どこからが病気であるという線引きをするのは困難でしょう。

 たとえ,本人が生きていて,いくつかの適切なテスト(実験)をしたとしても恐らくは部分的にでも理解するのはかなり無理でしょうね。

 さて,被害者の性癖は興味深いけれど,冤罪の方に関心を移動します。

 DNA鑑定が誤りという新証拠出たにも関わらず,再審請求通らないようです。

 困ったもんだ,日本の警察,検察,司法組織は。。。

 一旦,犯人にされると,恐らく無実なのに14年も拘束されてる人間より,自分たちのメンツとか誰が誤認逮捕の責任をとるか?の方が大事なんだろうなあ。

(↑あくまで憶測ですがネ。。(^^;))。。人間的な,あまりにも人間的な!!

      

PS:この記事が東電スキャンダルの1つであり公序良俗に反するという理由からか(私の被害妄想?)?書いてる途中でフリ-ズして7日朝から3時間も書いてる原稿消えました。

 (↑なぜか,この事件のWikiを参照しようとするとフリーズすることわかりました。)

 朝10時頃から,記憶をたどり1時間ちょっとでここまで書きました。(11時半になると出かける時間です。)

 最近,記事をPendingにすることが多いのは,PCが不調で新規投稿中に消えてしまうことが多々あるからです。

 中途半端でも,少なくともアップしておけば,サイバー攻撃でも受けない限りは,書いたモノは消えないと思いますからネ。。。

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2010年12月10日 (金)

わたしたちの手話(書籍紹介)

 全日本ろうあ連盟発行の手話学習辞典:「わたしたちの手話」(税込み2730円)を買いました。私には少し高かったですがこれはとてもいいです。

     画期的!!です。

         

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2006年7月 1日 (土)

ユダの福音書(つづき)

  6/25の記事「ユダの福音書」で紹介した「ユダの福音書」を神学者の解説も含めて読み返してみました。

 どうも正統派から異端派とされているグノーシス派の福音書のようです。

 ユダ以外の12使徒はイエスをこの世を創造した創造神の神の子と誤解していて,ユダだけが違うと思っているというわけです。

 創造神は劣悪な神で,この地上世界はいわゆる失敗作だから,イエスやユダにとっては,こんな世の中はいらないということらしいですね。

 一神教どころか,天使を含めて神は無数にいるが,その中でも唯一の聖なる神にイエスが属しており,アダムとイブの第3の子であるセツの一族だけが,この世の肉の身を捨てたのちに魂として神の国に帰れる。

 そしてセツ以前の邪悪な神と関わる人間達もセツの家系であるイスカリオテのユダの仲介で救われる,というもので,イエスは肉の身で復活などしないし,誰も肉の身で復活するとも述べていません。

 この世を全知全能の神が創ったなら,なぜ邪悪な世界となったり,悪魔が存在するのか?というグノーシス派の主張なら私も知っていました。

 彼らグノーシス派とか,この「ユダの福音書」とかの主張は,「この世という邪悪な世界を完全に否定していて,肉の身で復活することなど必要はなくて神の国で魂として復活することのみが重要である」というわけです。

 したがって,勝ち組であるところのいわゆる正統派のカトリックの見解とは,ほぼ正反対の主張であるようです。

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2006年6月25日 (日)

ユダの福音書

 「ユダの福音書」の翻訳,解説のついた本を読み終えました。

 原本のパピルスからは,かなりの部分が欠け落ちて読みにくく,しかもそれ自体は短いものです。ですが,次のような内容は見て取れます。

 ユダは本当の意味での裏切り者ではなくて,むしろ十二使徒の中で彼だけがイエスの「真の理解者」であり,イエスを「神の国バルベーローの住人である。」と見抜いていたのも,彼だけでした。

 ユダはイエスが唯一対等に語りかけることのできる友人であり,特別な存在だったとさえ言えます。十三番目の精霊とも呼ばれているらしいです。

 イスカリオテのユダはイエスの命令によってイエスを裏切ったのです。

 ユダにとって,イエスはこの世界の王ではなくて,天上の王なのですから,この世界での裏切りなど,なんのことはなかったのです。

 原本には,ある「聖なる世代」を重要視しているように見えます。解説によると,それはアベルとカインの後のセツを起源とする世代ということです。

 つまり,アベルやカインの過ちを正された,次の正しい世代を指しているらしいのですが私にはちょっと何のことを述べているのか,よくわかりませんでした。

 かつて,ミュージカル映画「ジーザス・クライスト・スーパースター」をビデオで見たことがありましたが,その中でもイスカリオテのユダが主人公であり,ヒーローでした。

 もっとも,その中での彼はイエスの行動をいくら考えても理解できず,とことんまで悩みぬいて問いかけ続ける,という役どころであったのですが。。。

 もっとも,正統派クリスチャンの間では,マルコ(十二使徒ではないが,最後の晩餐を行った家の持ち主の息子らしいとされ,四福音書の作者の一人)の創作ではないかと言う者もいるらしいですが私はそれは少し矛盾するのではないか,と感じています。

(過去の関連ブログ記事4/26の「インテリ=裏切り者」のルーツ」 5/9日の「ユダはインテリより上だった。」も参照してください。) 

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2006年6月24日 (土)

永山則夫「無知の涙」(つづき)

 以前の記事で"彼=永山則夫氏"は生きるために殺したのだ,と私は書いたが,彼の言によると,自殺するために殺したのだとも述べている。"理由なき殺人"にも理由はあったのだ。

 彼は,獄中にあっても,自分を生んだこの社会を特に肉親を憎悪していた。彼が殺した人間は彼と比較して,少しの間でも物質的な幸福を味わう時間を持っていたのだ。

そして精神的な幸福は物質的な幸福なくしては得られない。「衣食足りて礼節を知る。」のである。

 彼の言によると,「凶悪犯には死刑が必至だが,凶悪犯をより凶悪にしないためには死刑は無いほうがいいかもしれない。」と述べている。

 彼は四人殺した(四件の殺人を犯した)が,もしもこの世(日本)に死刑という刑罰が無かったら,後の二件は回避できただろう,と述懐している。

 「どうせ死刑になるのだから」という自棄的な感情が,彼の中に確かに存在したという。

 人間も動物の一種であり,いつかは必ず,死ぬ存在である。

 殺人犯を悪魔と呼ぶ人も大勢いるだろう。しかし,割り切って考えるなら,人間の生命活動も原子から生まれ原子に還る営みの一つである。

 確かに殺人は人間独特のもので肉食動物が弱い動物を殺すのは生きるため,食べるためである。

 人間も食べるために,自分の手は汚さずとも,牛,豚,鶏などを屠殺している。

 そして正義の名のもとに戦争で殺人を犯している。死刑執行人は死刑囚を殺している。殺人でさえも,その正否は相対的なものである。

 現在,山口県光市の母子殺害事件の裁判に関連して,永山則夫氏の事件がまたもや注目を浴びている。

 永山則夫氏が事件を起こしたのは1968年で死刑を執行されたのは1997年である。見方によれば非常に長期間です。

 母子殺害事件では,18歳の少年に母子を殺され死体を犯された夫はどうしても死刑を望むならば,7年も8年もかけて裁判の結果を待つくらいなら,芝居をしてわざと無期懲役刑を確定させ,仮釈放された犯人を自分で殺したほうがベターなのではないだろうか?

 彼にはもはや家族はいないし,殺人犯として3~4年服役すれば済むことだし,全ては自己責任で行えるのだから。。。。

 ただし,上記の幾分無責任なアイデアは私の親友で元漫画家のT氏に聞いて,私も賛同したもので,私のオリジナルのアイデアではない。

 私も彼も死刑廃止論者だが,かたき討ちは肯定している。

 面倒な手続きを踏んで権力に代わってかたきを取ってもらうより,自己責任でやったほうがさっぱりしている。もちろん冤罪ではない,とはっきりしている場合のみであるが。。。

 永山則夫氏の話に戻ると,被害者や遺族には申し訳ないが,彼自身にとっては犯行を犯してよかったという意識があるらしい。

 こうした犯行をしていなければ,彼は自分は牛馬のごとき人生を送っただろうと述べている。

 精神的に生きることが果たして幸福なのかどうかは疑問だが,彼はたとえ死刑になったとしても,犯行を犯したおかげで,文字を学び書物を読みあさり,少しでも無知から逃れ,人間として精神的に生きる悦びを知ったのであろう。

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2006年6月21日 (水)

永山則夫「無知の涙」

 久しぶりに永山則夫氏の「無知の涙」を読んでみた。

 彼は,昭和43年~44年(1968年~1969年)にかけてタクシー運転手などの連続射殺で殺人を犯した。そして,連続射殺魔として19歳で逮捕され,再審請求や嘆願書にも関わらず,ついに1990年代後半に死刑を執行された。

 永山則夫という死刑囚の獄中での手記が,この「無知の涙」の中に凝縮されている。もちろん,彼は無実ではなく,実際に殺人をしたとも述べている。。。

 彼の殺人には,ある意味で動機とか理由とかいうものがない。強いて言えば,彼は生きるために殺したのだ。彼は,北海道か東北だったかの片田舎で人間とは思えないほどの悲惨な青春を送っている。しかし,それが免罪符だと主張しているわけではない。

 彼は,獄中で文字を学び,遅ればせながら学習して誤字だらけの手記が始まる。彼は「資本論」などを読み,マルキシズムに引かれてゆく。後に彼はこうした世界観を事前に知っていたら,殺人を犯すことはなかった。と述懐している。

 しかし当時の学生運動については,彼は「お坊ちゃんのお遊びだ。」と辛辣に批判している。

 彼は詩人でもあり,いろいろと感動的内容の詩も書いている。最後は支援者と獄中結婚し,大勢の嘆願書にもかかわらず,死刑は執行されてしまった。

 正義とか善悪とかというものはまったく相対的のもので,実際の世の中は,「暴れん坊将軍」とか「水戸黄門」とかのように,完全に白黒がはっきりした世界とは対極にあるものだ。

 もちろん,私には彼の心中がわかるわけではないが,この書を名著として推薦したい。というわけで本日は書物の紹介でした。

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2006年5月 9日 (火)

ユダはインテリより上だった。

 以前,「『インテり=裏切り者』のルーツ」という題目で,"インテリ=ユダ(イスカリオテ)"がイエスを裏切ったのがそのルーツで,彼はイエスの死を見届けることなく首をつって死に,その死体の下に落ちていたイエスの血で購われ呪われた30枚の銀貨は誰も拾わなかった云々,ということを書きました。

(4/26の記事 「インテリ=裏切り者」のルーツ 参照) 

 しかし,最近になって,どうやらイスカリオテのユダがそういうことをしたという事実はなく,実は間違いだったのかもしれないようだという話が出ています。

 まあ,クリスチャンでなければどうでもいいことかもしれませんが。。。。

 というのも,昨日,友人が「ユダの福音書」という本を読んでいて,彼によるとそれには,"イスカリオテのユダは,自分が裏切り者であるという物語を作って自分が悪者を演じることが「イエス=キリスト」のため(布教のため?)になると考えた。",というようなことが書かれているらしいのです。

 そもそも,福音書というのはイエスが十字架にかかったあとに書かれた,あるいは編纂された,ものですから,福音書があるということは,ユダは首吊り自殺などせずに生きていたことになります。

 それに,別にユダが裏切らなくてもイエスが十字架にかかることは既に預言により予定になっていたのですから,もし福音書が本物で本当のことを書いているなら,そういうことがあってもおかしくはないな,と思いました。

 友人が読み終わったらこの「ユダの福音書」を借りて読むつもりですが,小説の「ダヴィンチ・コード」にしても,実はイエスには子供がいてその子孫が今もいる,という話です。

 キリスト教(当時はカトリックしかなかった)には,実は多くの福音書があったけれど,マタイ,マルコ,ヨハネ,ルカなど都合のいいものだけを聖書として残し,「イエスとマグダラのマリアの間に子供がいた。」などというようなことを書いているものなどは,キリストの神性(イエス=キリスト)が失われるというので捨てた,というのがダン・ブラウンの小説の内容です。

 これが,その通りの真実であるなら,ユダに関する作り話をしたこともまた有り得るかなと思いました。

 そうだとすると,イスカリオテのユダが12使徒の中で一番頭がよかったというのは事実だったということなので,「彼はインテリよりも上だった。インテリよりももっと賢かった。」というのが真実だということになりますね。

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